14歳の少年の記憶に刻まれた戦争の、核兵器の恐ろしさ。

木原さんはその後、反戦、反核の活動に身を投じます。ほかの被爆者とともに会をつくり、語り部活動を続けたほか、さまざまな団体とともに反核の声を上げました。
1998年には、被団協=日本原水爆被害者団体協議会の取り組みで、被爆について語る訪問団の1人として、アメリカを訪問しました。
木原千成さん
「戦争の愚かさ、原爆のひどさをね、多少は知らせることができたんじゃないかと思いますね」

被爆者らの語る核の悲惨さは、アメリカの人たちにも伝わるものはあったはずと振り返りました。













