広島に原爆が投下されて、81年がたちました。
14歳で被爆した山口県防府市の男性。人生をかけて核兵器の悲惨さを伝え続けてきました。95歳の今、原爆の生き証人として、伝えたいこととは。

機械が静かに血を巡らせています。防府市の木原千成さん、95歳。腎臓を患い週に3回、およそ3時間、人工透析のベッドの上で過ごします。
1945年8月6日、木原さんは広島市にいました。広島逓信講習所で電気や通信を学んでいて、当時14歳でした。空を見上げると…3つの飛行機雲が見えたと言います。

木原千成さん
「きょうのB29の飛行機の音はえらい大きいなと」
木原千成さん
「パッと光った瞬間に目の前が黄色の光線というか、しばらくしたらね、空を見たら黄色かピンクかそういう混ざった色でしたね。爆風とともに」
すぐに建物に身を隠し、防空ごうでただ時が過ぎるのを待ちました。













