絢爛豪華な山車が市街地を練り歩く…400年以上の歴史がある「高岡御車山祭(みくるまやままつり)」。1609年、加賀藩2代目藩主の前田利長が高岡城を築いた際に、豊臣秀吉から譲り受けた御所車を町民に与えたのが祭りの始まりとされています。

この歴史ある祭りをめぐって、女児が参加するかどうかが議論になっていました。これまで「女人禁制」となっていた“ご神体の守り役”に女児が参加できるのかどうか…しかし、ことしは見送りに。その理由を、保存会の会長が語りました。
「高岡御車山祭」は、毎年5月1日に行われる高岡関野神社の春季例大祭で、絢爛豪華な7基の山車が高岡の旧市街中心部を練り歩きます。「小学生以下の男児」がご神体の守り役として山車に乗るのが慣例となっていて、基本は「女人禁制」です。
しかし、少子化とジェンダー平等の意識の高まりから、高岡御車山保存会の理事会では、女児の参加を認めるかどうかをめぐって、去年から議論がヒートアップしていました。
去年11月には、保存会の前の会長が、“会長権限”として、会則に「御車山に乗る子は小学生以下の子どもとする」と追記して、男児に限定しないと、実質的に女児を容認することにしました。しかし、理事の一部から「決議していない」など反対の声があがったのです。
今年1月、伝統を継承したいと反対していた理事のひとり、志甫和彦さんが会長に就任。女児の参加をめぐって理事会で議論が続いていましたが、今月13日夜の会合で結論は出ず、ことし5月1日の祭りについて、女児の参加は見送り、従来通りに行うことになりました。

取材に対し志甫会長は…。
高岡御車山保存会 志甫和彦会長:
「いろんな人を混ぜると、祭りがイベントになってしまう。時代に流されると肝心の本来の祭りが消えていってしまうので、伝統守ってきた先祖たちの信念を守っていきたい」
山車は7基あり、それを10の町で守っていますが、志甫会長の木舟町は約25世帯。町内には、ことしも「小学生以下の男児」はいません。しかし、外孫や親戚、知り合いの高岡市内の子どもに声をかけて、ことしも7、8人の男児が山車に乗る予定だといいます。

その一方、男児がいないため、人集めに苦労している町もあるといいます。志甫会長によりますと、理事の意見は割れていて「1つの町だけでも女児を乗せたらどうか」「観光客を乗せたい」などの声も聞かれるということですが、志甫会長はあくまでも「神事としての伝統を守りたい」としています。
高岡御車山保存会 志甫和彦会長:
「13日の理事会では従来通り山車を曳こうと。例年通り変わりなく、特に4年ぶりになるんで、いい天気になることを願いながら、従来通り元気に曳こうということになっています。(女児の参加について)意見は割れてるっていうか、元々男だけしか乗せてないんですけど」
女児を山車に乗せたいという町もあるといいます。
高岡御車山保存会 志甫和彦会長:
「最近、去年からある町内によっては女性を乗せたいというところもあるんですけど、それは全然決まってないし、わかりません。今後どうなるかわかりませんけど」
記者:「会長自身はどういう考えですか?」










