富山市と同じ日の夜に空襲を受けた新潟県長岡市で富山大空襲展が始まりました。戦火を生き抜いたセメント製の仏具や絵日記などが富山大空襲の悲惨さを伝えています。

先週土曜日、新潟県長岡市の長岡戦災資料館で、富山大空襲展が始まりました。

1945年8月2日未明の富山大空襲。
米軍爆撃機・Bー29が富山市の中心部に50万発以上の焼い弾を投下。市街地の99.5パーセントが焼失し、およそ3千人の命を奪いました。

長岡市ではその数時間前の8月1日深夜、同じく米軍爆撃機・Bー29により
16万発以上の焼い弾が投下されていて、市街地の8割が焼失、およそ1500人の命が犠牲となりました。

ことしで戦後80年という節目を迎えるにあたり、同じ日の夜に被害を受けた
長岡市と富山市が協力し、空襲の悲惨さを後世に残そうとこの展示会が企画されました。

長岡戦災資料館 近藤信行館長
「富山でも空襲があったということを知っている長岡の人はなかなかいないのでまずは知ってもらう」