◆なぜ“自白”してしまったのか

金聖雄監督:「殺人事件の自白なんか、絶対するはずないだろう」と思っていたんです。
桜井昌司さん:あれは、意外と簡単なんですよね。「調べられる」ということは、「疑われる」。疑われるつらい経験をされたことはありません? あるいは夫婦げんかをして、一方的に責められるとか、職場でパワハラを受けるとか。それを、狭い三畳くらいの部屋で、一日やられる。夫婦げんかなら逃げればいいです。パワハラだって3時間も4時間も続かないじゃないですか。それが違う。警察官が「お前が犯人だよ」と疑われることがズーッと続くんです。
「死刑もある。桜井、いい加減に自白したらどうなんだ? まだ20歳なんだからな、いくらでもやり直せるんだ。(判決が)死刑となってから、助けてくれと言っても遅いんだぞ」と言われると、響くんですよ。本当つらくて。ウソ発見器で「お前が犯人だと出たよ」と言われ、心がボキッと折れて「ならいいよ、やったって認めちゃおう、こんなに苦しいなら」と。
金監督:とにかくその場から逃れよう、と……

警察官の取り調べの内容なども、再審請求の中で明らかになっています。警察がいっぱい嘘をついているんです。例えば「現場でお前たちを見たっていう人もいるんだぞ」。いないんです。「お前の母ちゃんも『やってしまったことは仕方がない、早く本当のことを言え』と言っている」。嘘なんです。心がだんだん傷んでくる。ウソ発見器に当時かけられて「残念だったな桜井。検査の結果、お前の言うことはみんな嘘と出た。もうだめだから本当のことを話せ」。これも嘘でした。

こういったことが事後に明らかになって、主任弁護士の山本裕夫さんは「検事は、自白や目撃証言の矛盾点をごまかすように、それらの供述を変更させ、作り上げ繰ることで犯行を捏造していった。都合のよい供述証拠だけを公判に提出し、悪い証拠は徹底して隠匿した」と批判しています。国家賠償請求の判決では、警察と検察の取り調べの違法性、公判での警察官の偽証、警察官の証拠隠しを厳しく断罪しています。こういったことが起きている中で、えん罪が生まれてくるということがはっきりしていますね。


◆がんになっても前向きに

桜井さんは結婚もして新しい人生が来たのですが、がんにかかってしまいました。

桜井さん:がんと知ったときには、せっかく人間として生まれたんだから「全身麻酔がどんななのか、体験できらうれしいな」「大手術ってどんななのか、体験できてうれしいな」と思ったんです。そうしたら「何もできません」と医者が言うんです。ちょっとがっかりしちゃって。
金監督:すごく落ち込むと思うんですけど。
桜井さん:全然、本当に。20歳の時に「お前死刑だよ」って言われて自分が死ぬのがすごく怖かったんです。自分がこの世からいなくなる、消えてしまうんだ、と思ったときに、ちょっと考えて気がついたこと。それは、

・社会があって自分がいるんじゃない。
・自分という人間があって、この世界があって社会があるんだ。
・1人1人の命があってこそ、この社会があるんだ。
・1人の命こそ一番大事なんじゃないか。

そう気付かされたんです。がんと宣告されてみると、自分自身が闘う時間が限られていて、その時間の中でできる限りしろよと言われたと思った。死ぬまで、生きている限り自分はやり続けられることをやろう、と。

余命数か月と言われたのに、もう3年。この前向きさ、本当にすごい。桜井さんの魅力にどんどん引き込まれていく映画です。堅苦しいドキュメンタリーではないので、楽しく見ていただけたらと思っています。

映画『オレの記念日』公式ホームページ
https://oreno-kinenbi.com/


神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。