◆判決では「同情…被告人のみの責任とするのは酷」
今回の判決では、「懲役4年」という求刑に対し、「懲役3年、執行猶予4年」が言い渡されました。量刑理由について、判決文では、「犯行態様は悪質である」としながらも、保護責任者遺棄致死罪については、「社会的に孤立した状態で出産当日を迎えた経緯には、同情することができる。本件犯行を被告人のみの責任だとするのは酷である」と指摘しています。

傍聴していた私には、「この時に誰かがサポートしていたら」、「この段階で何らかのアドバイスがなされていたら」と、生まれた子が死ななくて済んだと思えるポイントがいくつもあったように思えました。
一番大きな要素としては、スオンが勤め先の会社や技能実習生を保護する立場にある監理団体になぜ相談しなかったのか、という点でした。
この点について裁判では、彼女の口から何度も「妊娠していることがわかると帰国させられるかもしれないと思った」「帰国させられたら借金が返せなくなる」旨が語られました。その結果「話そうと思うこともあったが、最後まで迷っていた」と。
弁護人や検察は、こういった状況を、「被告は『妊娠したら強制帰国させられる』という噂を信じていた」と表現していました。
◆「妊娠したら強制帰国という噂」…という言葉のトリック
私は、この「強制」という言葉と「噂」という言葉が相まって、まるで現在の日本ではそういった実態がないかのように審理が進むことを奇妙に感じながらも、確かにルール上は「強制帰国」させられるはずがないこと、一方で、それでも多くの技能実習生が実習を中断して帰国する事態を強く恐れているということについて、取材して結審の日に放送しました。
(参考 妊娠 なぜ相談できなかった…? 背景に技能実習生 特有の事情)

放送では触れられませんでしたが、自分の身を守ることにもなる日本の数々の法令について、技能実習生は研修で学びます。今回も、監理団体は専門家による講義を実施していました。しかし、その研修では1日で大量の情報を吸収しなければならず、スオンは内容を覚えていませんでした。
また監理団体は、規定通り定期的に面談を行っていたし、相談窓口も用意していたとしていますが、その面談は個別に行われたものではなく、記録は毎回数行でした。
出産の前月には、本人の様子を「元気がない」と認めながら、担当者は最後までお腹が大きくなっていることには気付かなかったと証言しました。私は詳しく話を聞こうと取材を申し込みましたが、「話すことは一切ない」と断られました。
一方、裁判で示された調書によると、彼女が働いていた会社には、お腹の膨らみに気付いていた人はいたものの、社長は「仕事で日本に来ている実習生が妊娠しているとは思いつかなかった」と述べ、「正社員である技能実習生を、妊娠を理由に辞めさせたら大問題であり、解雇はあり得ない」という認識でいたことも明らかになりました。
私は彼と話した際に、彼女がいつもダボッとした服を着ていたこと、まさか妊娠しているとは思えないほどキビキビと働いていたこと、そして日本に来て太ったのかと思ったが、女性にそういった話をしにくかった、ということを聞いていました。
スタッフの中には「相談してくれていたら、帰国しないですむ方法があったかもしれない」とうつむく人もいました。私には、彼らが嘘をついているようには思えませんでした。
しかし、ベトナム人技能実習生の実情に詳しい、神戸大学大学院国際協力研究科の斉藤善久准教授によると、例えホワイトな会社であっても、技能実習生には相談しにくい事情があると言います。
それは、実習生の抱えている莫大な借金です。スオンの場合も事件当時、日本円にして100万円ほどの借金があったとされています。本人のベトナムでの月収は1万5000円程度だったことを考えると、これが途方もない金額であることがわかります。
(斉藤善久准教授)
「日本に来る際の手数料等が高いからですよね。その借金を返すために少しでも稼ぎたい。まして借金を抱えて利息を毎月払わないと、家・土地がなくなるような立場だから休んでいられないんです。いい職場だったら、たぶん体調を心配して、休ませるとか、残業させないとかしますよね。それは困るんです」

斉藤准教授によると、結局、「妊娠したら帰国」というのは「根も葉もない噂」ではなく「根拠のある噂」で、多くの実習生が「妊娠したら仕事を辞めさせられてしまう」という認識のために中絶するし、中絶しない場合には「自己都合退職」という形で帰国しているそうです。
この現状について放送した翌日です。
放送を見たという、近畿地方の元・技能実習生から、支援者に連絡が入りました。それは「うちの会社、妊娠で3人解雇されたよー、寮からたたき出されて監理団体の宿舎に戻ったよー」というものでした。その会社と技能実習生の間で交わされるLINE上のやりとりを見て、私は、この会社が法的には言い逃れができたとしても、日本語のつたないベトナムの女性たちが、これを「強制帰国させられる」と捉えても無理からぬことだと感じました。

「噂」は、見方によっては「噂」には留まらない力を持つし、それを感じているのは今回の事件を起こしたスオンだけではありません。このままでは、遠くない将来に次のニィちゃんが現れてしまうと思えてなりません。新しく生まれる命を死なせないために、私たちにはこれから何ができるでしょうか?
◆誰に何ができるのか?
判決では、特に監理団体において、保護主体としての役割を実質的に果たすことが求められていたのに、彼女の腹部の変化も把握できておらず、面談は形式なものとなってしまっており、気軽に相談できる環境が整っていたとは言えず、彼女が働いていた会社との連携も十分でなかったことが指摘されました。

また、「監理団体や実習実施企業が被告人に対してもっと関心を寄せ、コミュニケーションをとることができていたならば被告人が孤立した出産を迎えることは防げたと考えられる。被告人自ら助けを求めた胎児の父親及び医療機関から助力をえられなかったのことの影響も大きい」としています。

私は、1年半に渡って合わせて20回スオンと面会しましたが、事件について聞けたことはほとんどありませんでした。関係先から話を聞くことも難しく、自分の無力さと閉塞感を味わい続けました。
しかし、取材を進めて行く中で、ベトナム人技能実習生の支援について真剣に取り組んでいる人たちと出会うことができました。全国に点在する彼らの取り組みには、光を感じました。そして彼らの中には拘置所でスオンと面会を重ねている人もいました。
執行猶予のついた判決が下り、拘置所を出た彼女に対して、私は、監理団体を通じてインタビューを申し込みました。自由の身になった彼女には、もう少し話せることが増えるのではないか、私たちがどうすれば良かったのかを、より深く、具体的に考えられるのではないかと思ったからです。
しかし、「本人が特定の支援者の方以外とは会いたくないと言っている」とのことで、依頼は断わられました。私はまたしても虚しい気持ちになりましたが、スオンにとって会いたい支援者がいる、ということには安心もしました。支援者が楽しみにしていることも聞いていました。

ところが、監理団体はすでにチケットを手配していたようで、判決の2日後には彼女はもうベトナムにいました。
本人が会いたいと言っていたはずの「特定の支援者」との夕食会が予定されていたのは、その日の夜のことでした。その人たちと会わずに帰国したことは、本人が決めたのか、それとも監理団体がそうしたのか、それは今となっては分かりません。
生まれたばかりの命が失われた今回の事件…。
彼女は、もうそっとしておいてほしいと願っているはずで、詳細が明らかになることを決して喜ばないでしょう。
それでも私は、関係者への取材や裁判を傍聴してわかったことと、そこから浮かぶ課題を、より多くの人たちと共有したいと思っています。彼女が残した言葉の意味をしっかりと受け止めるために。そして、次に生まれる子どもたちを死なせないために。
RCC中国放送/岡本幸