去年、石破前総理は平和記念式典で「核兵器のない世界」の実現を強調しました。一方でこれまで、安全保障の観点から「核共有」や「核の持ち込み」の検討を主張してきました。
石破前総理
「(日本の)周り中、核兵器だらけだからね。アメリカ1カ国だけの核抑止に頼っていいんですかと。それは決してそうじゃなくてね。『核の傘』ってよく言うんだけど、本当さしてくれるんですか。穴開いてないよね?という検証は常にしていかなければならないんです」
一方の湯崎前知事は、核抑止に頼らない安全保障のあり方を模索し続けました。去年の平和記念式典では「核抑止はフィクション」と訴え注目を集めました。

湯崎前知事
「核抑止とは『自分が(核兵器を)持っている、相手も持っている。使うと大変なことになるから、お互い使いません』と“思っている”ことなんですね。つまり、物理的現実性ではない。ということはそれは“フィクション”であるということなんです。その抑止が破られた時に、人類が終末を迎える可能性が非常に大きくある。それは耐えられないリスクではないか?ということ。それが核抑止の問題」
石破前総理
「今、湯崎さんのおっしゃった『何が起こるか分からんぜと、お互い打ち合ったら地球全体が何回滅んでも足りないぜ、そんな恐ろしいことはやめようね』という『恐怖の均衡』は相手が一定の理性を持っていることが前提なんですよ。だから独裁者の国、あるいは組織は恐ろしい。それに対してどうするんだということを、為政者としては嫌なことだけど考えざるを得ない」

湯崎前知事
「安全保障環境が厳しいという意見はあるが、日本が核共有、あるいは核の保有、核抑止の強化に一歩踏み込んで行ったときに、それに対する当然リアクションは出てくるわけですよね。より緊張が高まるのではないか」



































