
築城400年に向けた今回の改修工事「令和の大普請」で、その鉄板張りが往時の姿に復活することになりましたが、もともと鉄板が張られてあったのは、天守の北側だけでした。なぜ、鉄板張りは北側だけだったのでしょうか?
1. 予算が不足していた
2. 北側の防御が弱かった
3. 鉄板が足りなかった

正解は、こちらです。

福山城博物館 皿海 弘樹 学芸員
「外堀りもずっと広がっているのですが、北側には山があって外堀りが途切れてしまっているんですね」

「これは地形的な問題があったといわれているのですが、北側はほとんど土地がありませんでした。お城自体の防御を高めるために天守閣の北側に鉄板を張っていたというわけなんですね」

正解は、防御面で北側が弱かったためでした。
山などからの砲撃から城を守るためだったそうで、鉄板張りの城は全国で福山城だけとされています。

最後は、リニューアルした施設の展示内容からクエスチョンです。福山城ふしぎ発見!