「現実ではないみたい」瓦礫の山と一変したふるさとの景色

翌日、津波警報が解除された町の様子は一変していました。海岸沿いの道路を覆う住宅の瓦礫の山。ライトが点灯したまま住宅に突っ込んでいる車。なんとか車で自宅に戻ろうと、陥没した道路の段差や穴を埋める作業に追われました。
「いつもとは違う風景で…現実ではないみたい」。車で通常の倍以上の時間をかけてなんとか自宅に戻ることができましたが、室内は割れた食器や床に落ちた日用品などで足の踏み場がない状態でした。自宅の倒壊などの大きな被害を免れましたが電気や水道などライフラインは断たれました。
能登半島で生まれ育ち、これまでにも何度か地震を経験したことはありました。しかし、今回のは地震の規模が全然違うー。そう強く感じさせられたといいます。
道端享介 さん
「これまでの地震で物が落ちたとしても、何か軽い物が落ちたりだとか、数冊本が床に落ちる程度でした。ベッドで寝れるような状況ではないですし本当にいろんなところからストレスが来て、体力面というよりメンタル面の方がみんな疲弊してたと思う」
地震発生の翌日から毎日、情報を得るためスマホの電波を探し求めて珠洲市内を車で移動しました。
道端さんの父親
「ネットワーク接続がありません…全然ないよ。連絡とりたいけど、とられんもん」
車を運転しながらそう呟く父の隣で、窓の外を眺めていました。屋根から崩れ落ちた住宅。道路に倒れかかった標識や電柱。道路に入った長い亀裂…。車窓から見える町の景色に言葉を失いました。
道端享介 さん
「自分のところと全然違う甚大な被害だったので、なんていうか…とにかく地震の規模が大きいということを感じた」

珠洲市の中でも道端さんが特に大きな衝撃を受けた場所があります。石川県珠洲市の南西部に位置する宝立町です。
「いつも見ていた風景とは本当に全く違う光景で、違う場所にいるみたいでした」。そこは道端さんが友人とお祭りに参加して砂浜で花火を見たり、毎年母親の実家に親戚みんなで集まったりした思い出の町でした。
「もちろん海も近いし、地震だけじゃなくて津波の影響もあったのかなぐらいで考えてたけど、実際行くと全然違って。もっとひどい状況だったので…もう辛かった」