戦時の「疎開」を肌身で知る93歳が貴重な証言
南西諸島で語られる有事の懸念と、九州への避難。歴史をさかのぼると、国の方針で沖縄から船で九州へと疎開した人たちがいました。宮古島から台湾へ疎開した経験を持つ池間キヨ子さん(93)さんは1944年当時、小学6年生でした。
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1944年7月のサイパン島陥落で、国は、南西諸島から2万人を当時日本の統治下にあった台湾に疎開させることを決め、宮古島からは約8000人が台湾へ疎開したと記録されています。

池間キヨ子さん(93)
「とにかく疎開とは何だろうということもわからない。戦争と関係があるというのは、うすうす分かって
宮古島で生まれ育った、池間キヨ子さん。1944年8月、当時小学6年生だったキヨ子さんは祖母と両親、きょうだいの一家8人で平良港から親戚のいる台湾北部の街、宜蘭を目指しました。











