一家で決死の疎開、「御真影」を守る為に引き返した父

漁船の船底に身を潜め、数十人の市民がすし詰めとなった船は、1週間かけて荒れる海を渡っていきました。親族のいる宜蘭に到着して安堵したのも束の間、父親は宮古島に帰ることになりました。
「父は小学校の教員をしていました。天皇陛下の写真、御真影を守るために家族を(台湾に)置いて戻っていったんですよ」「一気に、疎開してよかったという気持ちがひっくり返ってしまってね」
大黒柱を失ったキヨ子さん家族は、異国の地でさまようことになりました。キヨ子さんの父・朝源さんの当時の心境は、沖縄県史に残されています。

――沖縄県史より 朝源さんの証言
「こちらには学童の疎開もたくさんいるし、できるだけとどまりたい」
そう学校に伝えた父・朝源さんに学校は電報で回答。「ぜひもどれ」。
――沖縄県史より 朝源さんの証言
「うしろ髪をひかれる思いで帰ることにしました」











