大村市の革職人 中山 智介さんは長崎で古くから親しまれてきた"ある動物"で革製品の製作を始めました。


現在は、ほとんど流通しておらず ”幻” とも言われる革製品の復活に向けた挑戦です。

■ 入手困難 ”幻の革”を探して

銀職庵水主 中山 智介さん「知る人ぞ知る革。(革職人の間では)"革の王様"って言われている存在で、幻の革です」

一度は姿を消した幻の革とは── 鯨の革です!

大村市の革職人 中山 智介さんは、今、鯨の革製品の復活に取り組んでいます。

中山さん「やっぱ半分、夢見心地ですよね。あれだけ求めてもなくって。それこそ世界中、探したんです。それが今、”こうやって自分で製品化できてる”っていうのは…すごく感慨深いですよね」


中山さんが、これまでに手掛けた革製品は、財布や名刺入れなどの身近なものに留まらず…こんなものまで!

中山さん「けん玉ですね」

この球体は…?

中山さん「将棋盤になっています」

中山さんは、国内最大の革製品コンテスト『ジャパンレザーアワード』に4年連続で入賞するほどの技を持つ革職人です。

これまで20種類以上の革を取り揃え、独創的な製品に仕上げてきましたが、10年近く追い求めても、鯨の革だけは手に入れることができませんでした。

中山さん「鯨と言えば長崎。食べるだけじゃなくて、他の工芸品とかもですね。本当はもっとたくさんあったんじゃないかなと思うんですけど。もうそれは伝統として残っていないですし、そういったときにも、やっぱりずっと引っかかっていた」

鯨の消費量、日本一の長崎県。
その歴史は古代まで遡り、食文化だけでなく祭りや工芸品など深い関りがあります。

鯨の刺身
長崎くんち「鯨の潮吹き(万屋町)」

日本国内での深い伝統がある一方で、捕鯨に対する国際的な批判もあり、近年、捕鯨会社や皮革メーカーは、皮の加工には手を出さず "廃棄"していました。このため、中山さんがどこに問い合わせても手に入らなかったのです。
材料の入手が困難となったこともあり、その加工技術や資料は失われていきました。


中山さん「問屋さんとか、付き合い(のある業者)とかに、取引が増えるたび聞くんですけど『いや昔はあったですよね』とか『いや、もう今は聞かないですね』とか『ないですね』っていう話ばっかりで…。どうにかならないのかなと」

■ ”商業捕鯨再開”が転機に

転機は3年前でした。


1987年以降、鯨の生態や個体数の調査を目的とする『調査捕鯨』をしていた日本が、2019年、国際捕鯨委員会を脱退し、31年ぶりに『商業捕鯨』を再開したのです。

中山さん「ニュースに捕鯨会社の名前があったんで、もう"ここしかない"と思って。そこにまずは電話を直接かけて、”鯨の革製品をもう1回復活させたい”と」

捕鯨会社と交渉を重ね、ようやく手に入れたのが、鯨の生殖器『たけり』と呼ばれる部分でした。


骨がなくて加工しやすく、戦時中はブーツなどにも加工されていたといいます。
体長12~13メートルのニタリクジラ一頭から取れる『たけり』の皮は、長さが1メートル、幅はわずか30センチほどしかありません。

中山さんは独自に皮の剥ぎ方や特性を研究し、2年以上かけてようやく製品化に辿り着きました。

中山さん「”皮をとるためだけに生き物を殺している”って…現代では無いんですよね。身の部分は人間が食べさせてもらう。その副産物として、こういう革ができるんですね。革製品にすることで、衣類が作れたりだとか、バッグが作れたりだとかっていう活用の仕方っていうのが、やっぱり必要だと思うんですよね」