高校教諭となった浩子さんが、退職した後に力を入れてきたのが中国残留邦人の支援です。自身の引き揚げの体験が活動を始めたきっかけでした。
野村浩子さん
「戦後、日本人が中国からたくさん帰ってきた。帰ってきたということと、しゃべれるってことは別でしょ」
野村さんは県が行っている日本語教室の講師を今年3月まで30年近く続けてきました。8月上旬、久しぶりに教室を訪れました。

生徒の一人 周玉環さん。父親が中国残留孤児で20年以上前に来日後、野村さんに日本語を学んできました。
生徒 周玉環さん
「最初は優しいけど、だんだん厳しくなった。日記とか毎日書いてってちょっと厳しい」
野村浩子さん
「そうだね、日記を毎日書いておいでねって言ったね」

周さんは、野村さんを「日本のお母さん」と慕っています。
野村浩子さん
「日本語を勉強して、日本語で自分たちの生活ができるようになるための努力を
彼や彼女たちは一生懸命やってたからね」











