負の遺産から「守るべきもの」心境の変化

時国さんの父・恒太郎さんが亡くなり、大学卒業後、東京で働いていた時国さんは38歳でふるさと・石川県へ戻ります。当初は、歴史ある住宅の管理を「負の遺産」と思っていましたが、調べれば調べるほど分かっていないことが沢山あり心境の変化が起きたと言います。

上時国家二十五代当主・時国健太郎さん

時国健太郎さん「以前、研究団体に上時国家住宅の歴史や文化を10年かけて調べてみてもらったことがあるのですが、時間がとても足りなくて調べてもわからない、家の建築年代も記録よりも実際は数十年は遡るみたいです。いろんな証拠が出てきました。このままではいけないと考え直しました。」

倒壊した主屋は、その内部が今も見えません。今後の主屋の解体作業で文化財や調度品の被害の全貌が見えてくることになります。

米蔵の屋根瓦を選別して並べている 提供:文化財建造物保存技術協会

文化財建造物保存技術協会・遠藤優さん「米蔵は、まだ建物の半分程度が残っていたため、元の形を確かめながら調査することが可能でしたが、崩壊した部分の調査は困難となります。主屋ではどこの部材だったかを確認しながらの調査となるため、非常に難しい調査となると思います。」