高度経済成長期を迎えた1960年代。世界では、旧ソ連による人類初の有人宇宙飛行や、アポロ11号の月面着陸成功など、宇宙開発が加速しました。

こうした中、日本にもロケット発射場をつくる計画が持ち上がりました。その上で必要な条件が、地球の遠心力が大きい赤道により近く、軌道となる東側に障害物がないこと。

糸川博士が全国を探した中、この条件にあてはまったのが、内之浦でした。