「笑って競技を終えられることが一番」
これまで世界陸上に3回(11年テグ大会5000m、13年モスクワ大会10000m、19年ドーハ大会10000m)出場している新谷。いずれもトラックでの出場で、4回目の世界陸上ながら、マラソンは今回が初めての挑戦となる。
メダルにあと一歩の5位に終わったモスクワ大会。レース後のインタビューゾーンでは悔し涙が溢れた。
「メダル欲しかった・・・。メダルを取らなければこの世界にいる必要がない」
2014年、ケガなどを理由に現役を引退。4年間の社会人生活を送ったが、現役に復帰した。2020年12月、東京五輪の選考会を兼ねた日本選手権10000mで日本記録(30分20秒44)を出し優勝。代表入りを果たしたが、新谷を待っていたのは、東京五輪21位という厳しい結果だった。
「すいません・・・」
カメラの前で何度も謝った新谷はまたしても涙を流していた。
それから3か月後に行われたシドニー五輪金メダリストの高橋尚子さんとの対談では、東京五輪後の心境を赤裸々に語った。

高橋「改めて、どんなオリンピックだった?」
新谷「経験したくなかった・・・。夢であって欲しかったなって、毎日思っています。練習でも不安になって過呼吸になったりして、思い出すと泣いちゃうこともある。あの経験をしたことで、陸上をやめるというよりもそれ以前にいなくなりたいなって」
高橋さんも新谷の話に共感し、寄り添いながら、自身の経験を交えてエールを送った。
高橋「どうしたら吹っ切れるかな?」
新谷「吹っ切れる方法は分かっているんです。何よりも練習を継続すること、試合で結果を出す。この二つが出来ないとやっぱり吹っ切れないので」
高橋「逆に考えると結果を出せればスポーツ選手は一気に吹っ切れるのは、ある意味私の経験上良かったなと思えるところがある」
高橋さん自身は日本陸上界初となる五輪の金メダリスト。その快挙も、決してポジティブなことばかりではなかったという。

高橋「シドニー五輪が終わった後、すごい勢いでバッシングされて、色んな人にテレビでも雑誌でも色々な事を言われて、外に出るのが怖くなって。ずっと家の中で引きこもりじゃないけど。でも結果を出せばこれをストップさせられる。アスリートはとにかく結果を出したら何も言わせないというところに持っていけるのは、アスリートで良かったとその時に思った。だから絶対に新谷ちゃんも自分の力で、あの悔しさがあったからもっと気持ちが強くなれたんだと言って、より前向きで強く、理想の自分になれるチャンスがあるから、陸上を辞めなければチャンスはあるからね」
新谷「そういう意味ではクイーンズ駅伝をひとつのきっかけにしたいなと思っていて、そこで挽回したいなって思います」
去年11月28日。東京五輪後初のレースとなったクイーンズ駅伝。新谷は悲願の初優勝を狙う積水化学のエース(5区10キロ)。走る事に戸惑いを抱える中、背中を押してくれたのはチームメイトの言葉だった。
新谷「みんなが『駅伝で新谷さんと優勝を目指してやりたい』と言ってくれたので、それが大きかったです」
沿道からの何気ないエールが力となり、仲間達とつかんだ初優勝。忘れかけていた笑顔がそこにはあった。
新谷「また走ってもいいんだなっていう雰囲気はもらえたのかなって。沿道からの頑張れという気持ちは心に届いたのでまた切り替えて頑張りたいと思います」
前を向けるようになった彼女が決断した事。それは13年ぶりとなるフルマラソンへの挑戦だった。
「自分にとってマラソンというものが一番難しくて、克服しなきゃいけない。好きになる必要はないと思うんですけど、やりきったというところを、やっぱり10000mや5000mでは感じられなかった(ものを感じられる)種目であり、そして多くの人に支持されているマラソンという種目で世界陸上に出場して、結果を出せるというところにいけるのであれば、そのチャンスはつかむべきなのかなと思って」
今年3月6日の東京マラソン。どん底からの挑戦で、2時間21分17秒、日本歴代6位という好タイムをマーク。世界陸上の切符をつかんだ。
新谷は4回目となる世界陸上についてこう語っている。
「もちろん2021年の1年を通して結果が出せなかったところを覆したい気持ちはある。結果を出して、笑って競技を終えられることが一番なのかなって思っています」
■新谷仁美
1988年2月26日生まれ、34歳。2014年に一度競技を引退し、2018年に現役復帰。女子10000m(30分20秒44)とハーフマラソン(1時間6分38秒)の日本記録保持者。これまで世界陸上に3回出場。11年テグ大会5000m13位。13年モスクワ大会10000m5位。19年ドーハ大会10000m11位。去年の東京五輪では10000mに出場し、21位。














