池田は平常心でレースへ集中

東京五輪の池田選手
池田は技術的な部分も体力的な部分も、そしてメンタル的な部分も「1つ1つを柱として歩いてきた」という。心技体である。

だが周囲から見たとき、池田の特徴として際立つのはやはり、心の部分だ。

「東京五輪に限らず、どんなレース展開になっても対応できるメンタル、落ち着いた心の部分を作ってきたと思っています。そこを発揮したい」

池田は東洋大4年時から脳に着目し、科学的に平常心を保つ方法を行っている。東京五輪前の合宿でも、池田と川野の2人は「余分なことは考えず」(池田)、平常心で過ごすことができていたという。

レース中もその方法を活用している。

「苦しくなったときに苦しいと思わない、というか、マイナス思考は蒔かないようにしています。簡単に言えば苦しいという部分に意識を向けず、レース展開や歩きの技術、周りの選手の表情などに集中すれば、自ずとそちらに意識が行くようになります」

世界陸上ドーハではそれができなかった。山西が王を追って集団から抜け出したとき、追うべきか集団にとどまるべきか、冷静な判断ができなかったという。「考えすぎて頭が疲れて、それが動きにも現れてしまいました」

それに対して東京五輪では、王の飛び出しに惑わされず「スタノ選手やスペイン選手の表情や呼吸を確認して、ここで勝負するんだと決めて歩いていました」

東京五輪は地元で行われるオリンピックで、長年目標にしてきた大会だ。だからといって特別感が強くなると、平常心を失ってしまう。「普段と同じ国際大会だと思って準備をして、同じようにレースをしました」

目標を金メダルとしないで、毎回メダルとするのは、その方が平常心を保ちやすいからでもあるのだろう。

警戒すべきは王の早めのスパートだが

2019年ドーハ大会金メダルの山西選手
外国勢の動向も紹介しておきたい。

東京五輪金メダルのスタノ(30・イタリア)は35km競歩に回った。競歩の強豪ロシア勢も出場できない。日本勢ワンツーの可能性が大きくなるが、外国勢も日本の金銀独占にストップをかけようと必死で挑んでくるはずだ。

3月の世界競歩チーム選手権では、これまで競歩にはほとんど力を入れていなかったケニアの、S.K.ガシンバ(34・ケニア)が日本の2人に続いて3位に入った。そのガシンバが、どの程度成長しているか計算できない。

山西は他にもD.ガルシア(26・スペイン)や、P.カールストロム(32・スウェーデン)の名前をライバルとして挙げている。中でも王の飛び出しは警戒する必要がある。18年アジア大会は終盤の勝負だったが山西に勝っているし、東京五輪では山西の判断力を狂わせた。

だが今大会では山西も、王の飛び出しにも集団の動向にも落ち着いて対応するだろう。世界競歩チーム選手権のように、山西自身が早めに勝負を仕掛ける可能性もある。

そして池田は、どんな展開になっても平常心で対応する。得意とするラスト勝負に持ち込めば、勝機は大きくなる。

日本勢は山西と池田の2人だけではない。ベテランの域に入ってきた髙橋英輝(29・富士通)と、初代表の住所大翔(22・順大)がエントリーした。山西がワイルドカード(前回優勝者枠)で出場権を持っていたため、4人が出場できる。

日本選手権20km競歩で6回優勝するなど、国内で一時代を築いた髙橋も、得意のラスト勝負に持ち込めば山西&池田のワンツーを阻止する候補だ(その場合、日本勢がワンツーをすることに変わりはないが)。

山西は日本チームについて次のように話していた。

「日本の競歩は今、すごく力があります。どの選手もメダルを取ったり、入賞したりする可能性がある。4枠目に住所選手が入って、パリ五輪、その次のロス五輪を狙う世代に移っていく第一歩の大会になります。池田選手や私が引っ張っている間に、若手が挑戦するレースをしてほしい」

男子20km競歩は世界陸上初の金銀独占とともに、4人入賞はさすがに難しいが、それに近い成績も期待できる。日本競歩界がまた新たな歴史を、オレゴンで記すことになりそうだ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)