「都会の高校」でキャプテンに 味わった挫折
そして進学した、大阪偕星学園高校。ポジションは【画像④】のように、主にキャッチャーを務めていました。

しかし、高校時代は甲子園に出場することなく、また加藤選手自身も挫折を経験しました。(【画像⑤】は打席に立つ加藤捕手 実は右投両打!)
(中日ドラゴンズ 加藤竜馬投手)
「高校のときはキャプテンをやらせていただいたんですけど、いろんな地方から選手が来ていて、うまくまとめられなかったっすね。みんな気が強かったり」
「それに対応する力じゃないですけど、いろんな場面に対応できるようにはなったかなと思います」

大学で「ピッチャーやれって」先輩はオリックス・頓宮選手
そんな加藤選手が投手として大きく成長したのは、進学した亜細亜大学でした。(【画像⑥】は亜細亜大のストライプのユニフォームで投げる加藤投手)
(中日ドラゴンズ 加藤竜馬投手)
「大学2年か3年のときに『ピッチャーやれ』って言われたんで、『はい、分かりました』って」
「自分が活躍できるとこはどこでもよかったんですけど、大学時代の監督から見てやっぱり『ピッチャーが一番伸びしろある』というふうに感じてくださったので、そこは本当に良かったと思う」


そして大学では同じ岡山出身の先輩との出会いも。昨年のパ・リーグ首位打者、オリックスの頓宮裕真選手です(【画像⑦】の「頓宮先輩」は加藤投手が1年生の時の4年生)
(中日ドラゴンズ 加藤竜馬投手)
「頓宮さんは本当に、しっかりチームをまとめてくださる方で、練習中はとても厳しいんですけど、普段話すときはとても優しい方で、本当素晴らしいバッターなので、交流戦ではデッドボールを当てないように、自分のまっすぐで勝負したいです」

「大学が一番成長できたんじゃないかな、って思いますね。野球の面でもそうですし、人間性の面でもそうですし、『社会に出てどうすれば生きていけるか』みたいなところを、野球と一緒に教えていただいてたので、本当に大学でいろいろ学ばさせていただきました」
