能登地震で被災した日本航空高校石川が甲子園出場を決めました。祖母を背負って津波から逃げ、一時は避難所で生活していた2年生の部員もいます。
祖母からかけられた言葉は「被災地の希望の光になれ」でした。

「津波が来るから」裸足で祖母をおんぶして…

日本航空高校石川 中村隆監督
「みんなの思いをのせて、思い切って頑張っていきたいと思います。本当に今日はありがとうございました。頑張ります」

七尾市出身の2年生、福森誠也さんには特別な思いがありました。

あの日、福森さんは祖母の早瀬舞子さん(67)の自宅に帰省していたときに被災しました。

福森さんの祖母 早瀬舞子さん(67)
「(福森さんが)『津波が来るから』と言って私を至急抱いておんぶして玄関を出た。ガラスもある。裸足やから、足だけ怪我だけさせんとこうと思って『ばあちゃん歩くから』と言っても(福森さんは)絶対降ろさなかった」

福森さんは家族と共に避難所に・・・

能登空港に隣接する学校も被災し、練習ができない状況になり、野球部員は山梨へ集団避難することになりました。

しかし、福森さんは避難所を離れなかったと言います。