青木勝さん
「『帰ろう山古志』って中で、行政も住民も目標は一致していましたよね」

地震から3年後、住民の7割が村に帰りました。
「全村避難」を決断した旧山古志村の長島忠美 元村長は、のちにこう振り返っています。「村を捨てるのではない。必ず戻って緑の村を取り戻す。これが私が私にできる約束だと」。

能登半島地震では今も避難生活が続き、ふるさとを心配している人たちがいます。山古志は全村での避難でしたが、青木さんは「石川では集落ごとに被災市町村から一度出て避難生活を送れると、復興の近道になるのでは」と考えています。

青木勝さん
「1次避難自体を同じ市町村の中だけで考える必要はないんだわ。集落ごとに避難する形をモデルにしてしまえば、そこで避難しながら実際に復旧されるまでの間にいろいろな形で地域をどうすればいいのか、ということの考え方もまとめられるわけだ。一回離れるというのもありなんじゃないかなと思う」