おばあちゃんとの会話

帰厚院(岩内町・去年12月4日)

 去年の師走、山門にレストランのようなのぼりがはためいていました。「こだわりの味、ご用意いたしました」と記され、スパイシーな香りが境内に漂っています。お寺でカレー?どうして?その訳とこだわりの味について、住職の成田さんが私を見据えて話しました。

 「きっかけは檀家回りで、あるおばあちゃんとした何気ない会話だったんです。『ごはん、ちゃんと食べてる?』って聞いたら『もう年だから、お昼はそんなに食べないの。夜は昼の残りを食べて、あとは暗くなったら寝るだけ』と言うんです。『そんな生活してたら、ボケちゃうよ。だったら、お寺で食事会しませんか?』って誘ったんです」

庫裏(くり)でカレーをつくる町内の女性たち

 そんな住職の思いを“こだわりの味”として形にしたのは、誘われたおばあちゃんたち自身でした。檀家さんもいれば他宗派の人もいます。磨き上げられた板張りの庫裏(くり)で、寄進された野菜や肉がじっくり煮込まれ、甘口のいわゆる“ライスカレー”に仕上がりました。

でき上がったカレー

「カレーの日」

(右)来場者を案内する成田さん

 午後5時から始まった「カレーの日」には、町内の高齢者や家族連れがまずやって来て、部活帰りの中高生や勤め帰りのお父さんたちが列を成しました。

「あっ、○○さん、今月も来てくれたんですね!」
「○○ちゃん、よく来たね~」

 成田さんは、来場者一人一人の名前を呼んで招き入れてゆきます。

「どれくらい?大盛り?」「うん、大盛り」
「お代わりしてよ~」「いいの?きょう、腹、減ってるんだわ」
「ルー、多めでお願いします」「これくらいでどう?」
「おいしいかい?」「おいし~い!」

 作った人と食べる人の間に、ごく当たり前の会話が交わされます。この時間こそが「カレーの日」の真骨頂と成田さんは話します。

100食分用意されたカレーは完食

 「『家にいたらテレビばかり観ていて、外にも出ない』というお年寄りが結構いるんです。でもここに来たら、必要とされて、することもあるし、話し相手もいるし、ニコニコされているんです」

 「うれしい誤算は、当初は年配の檀家さんを対象に考えていたんですが、ふたを開けてみると、うちの子も含めて子どもたちが集まって来たんです。そうすると、その親御さんも集まって来て、さらにおじいちゃんやおばあちゃんも連れて来てくれて。それから月に一度、行うことにして、もう…カオス状態になってしまいました」

 広い座敷では畳の上を走り回る子どもがいたり、その様子を叱る親がいたり、その脇でおしゃべりしながらカレーを食べるおじいちゃんがいたり…。3世代が共に食事をする姿は、古き良き時代の食卓のようです。 
 来場者は80人にも及びました。
 しかしこの微笑ましい光景が見られるまでには、一筋縄ではゆかない試行錯誤がありました。

*文・写真 HBC油谷弘洋
*この連載は、帰厚院の催事や活動に合わせて不定期で出版してゆきます。

【連載のバックナンバー】
第2話 小さな幸せに気づきなさい
第3話 消えゆく校歌