MLBで262安打も「停滞することが怖かった」
イチロー:世界で1番の人って1番だから何も変える必要がないというイメージあります。僕らの世界でも、僕、ヒットの記録、ワンシーズンで262安打(2004年、当時マリナーズ)っていうのがあるんですけど、翌年には違うフォームを試すんですね。バッティングフォームって常に追いかけていないとつかめない。そこで停滞することがやっぱり怖かったという理由なんですけど、国枝さん、そんなご記憶どうですか?ご自身で振り返って。
国枝:そうですね、僕、リオデジャネイロ(五輪)の2016年までは本当にある意味絶対王者みたいな感じで勝ち続けていて、その時っていうのは自分を変えるっていうことに成功体験が邪魔して変えなくてもいいんじゃないかっていう思いが実はあったんですね。その後に実は挫折を怪我の影響で味わって、全てを変えていったんですね。ラケットも変え、車いすも変え、あとはコーチも変えたとか、新しい風をどんどん取り入れていったことで歯車がまた新しく噛み合ったような感じがあって。
イチロー:でもですよ、全部変えなくていいじゃないですか。
国枝:いやそれくらいやっぱり。
イチロー:今のお話だと絶対に変えなかった核みたいなものも変えていったっていうニュアンスに受け取れたんですけど、そんなことします?
国枝:そういうところを僕自身も探っていくしかなかったというところもあるかもしれないですね。1つ変えなかったこととして、僕、一応座右の銘というかですね・・・。
国枝さんが唯一変えなかったこと、それは、「俺は最強だ」という信念。この言葉で己の気持ちを奮い立たせてきた。
国枝:もしかしたらダブルフォルトしちゃうかもななんてよぎった時に打つと必ずダブルフォルトしちゃうんですよテニスって。
イチロー:そういうもんなんですか?
国枝:そうなんです その時に「オレは最強」っていうラケットに書いてあるそのシールを見て「オレは最強だ」サーブに気持ちでいけるとそれだけでしっかりコントロールされて威力もちゃんと振り切れるという効果をすごく感じたんですね。
イチロー:めちゃ単純じゃないですか。
国枝:そうなんです。
イチロー:本当ですか?僕そんな話信じないですよ。
国枝:本当ですか?
イチロー:僕はですね、国枝さんと全然タイプ違うと思うな。
国枝:そうですか?
イチロー:失敗するかもな、上手く打てないかもなとか、それしょっちゅうですよ。
国枝:はい、分かります。
イチロー:だけどそれを消すため、そのネガティブな気持ちを消すために何かをすることを僕はしないんですよ。
国枝:しないですか?
イチロー:しないです、そのままいくんですよ。
国枝:不安な状態で?
イチロー:不安な状態でいきます。僕はそれをどうカバーしたかというと技術でカバーしていたんです。この勝負に勝つには気持ちじゃないと。気持ちを上回る技術で結果を出す。
イチロー:その象徴がWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のセンター前です。あれすっごくネガティブです。
2009年のWBC決勝、延長10回のチャンス。あの時イチローさんは、不安な気持ちを抱えたまま打席に立っていた。
信じたのは、気持ちではなく、己の技術。
国枝:イチローさんはそのメンタルってところに関してはそんなに意識されないで打席に1球1球入ってたのかどうかっていうところは?
イチロー:僕の場合は意識してるんですよ意識するという点では同じです。ただネガティブな不安な気持ち、弱気な気持ちがそこで現れるのはもう仕方がないことだと思っているんです。
国枝:なるほど。
イチロー:その上で結果が出せないと次にいけないと思ってます。でもそこで結果を出せた時って次への自信がやっぱりあの状態で俺結果出してるんだよってメンタルのことはすごく意識しました。ただそれを覆すには高い技術がないとそれを越えられないっていう感触だったんですよ。だから「最強だ」は僕嫌いなんですよ。
二人:(笑)
イチロー:いや、嫌いっていうか僕は絶対にしないアプローチです。だから面白いなって思って。
国枝:ありがとうございます。
イチロー:しかも世界一の人がそういう感じなのはすごく興味深いですね。