田中希実(23、New Balance)が2種目入賞に手応えを感じている。世界陸上ブダペスト(8月19〜27日)で田中は女子1500mと5000mに出場。21年に開催された東京五輪でもその2種目に出場し、1500mで日本人初の8位入賞を達成した。だが5000mは決勝進出を逃していた。同一大会の2種目入賞を実現させれば、世界陸上では日本人初の快挙となる。父親の田中健智コーチの視点も織り交ぜ、直前のトレーニングで田中がどんな感触を得ているかを紹介する。
“プラス通過”がなくなった影響は?
田中は以下のスケジュールでブダペストを走る。
1日目(8月19日):1500m予選
2日目(8月20日):1500m準決勝
4日目(8月22日):1500m決勝
5日目(8月23日):5000m予選
8日目(8月26日):5000m決勝
両種目とも決勝まで走れば、かなりのハードスケジュールになる。
世界陸上のトラック種目の予選、準決勝の通過方式が、昨年のオレゴン大会までの方法から変更される。1500m予選なら3組が行われ各組6位までが準決勝に進む着順通過と、7位以下の選手で全組を通じてタイムの上位6人が“プラス”で通過した。その方法では中・長距離種目の場合、後の組の方が、前の組のタイムを見て走ることができ、多少の有利不利が生じていた。そのためブダペスト大会から、中・長距離種目の予選と準決勝はすべて着順通過に変更になった。
田中は昨年のオレゴン大会では、予選が2組7位で“プラス”での通過だった。昨年より力は上がっているが、着順通過は田中といえども簡単なことではない。
「前回までと違って予選や準決でプラス通過の制度がないので、1本1本を本当に、決勝のつもりで行くこともあるんじゃないかと思っています。ただ、1500mは開けてみないとわからない部分がある。怖いのですけど、その中で自分のペースを見失わずに、自分の力を信じていくことがカギになってくるかなと思います」
田中コーチは「スローな展開になったら本人が先頭を引くかもしれません。ペースメーカーになるのでなく、先頭を走っても集団の中を走っているように、ゆとりを残す走りをしてほしい」と考えている。
予選は状況を見て最後に力を抜くことができるかもしれないが、準決勝のラストはペースに関係なく全力になると予想される。
8位入賞した東京五輪を超えるイメージで
昨年の世界陸上オレゴンは、“プラス”にはなったが予選を4分05秒30のシーズンベストで通過した。だが準決勝を突破できなかった(4分05秒79)。今回決勝に進めば21年の東京五輪以来となる。
東京五輪の田中は神がかっていた。準決勝を3分59秒19、日本人初の3分台で通過すると、決勝も3分59秒95で8位に入賞。3分台を出せば世界と戦えるが、日本人にはまだまだ先のタイムと思われていた。女子1500mの五輪出場は日本人初だったにもかかわらず、3分台と初入賞を成し遂げてみせた。
だが昨年は記録も国際大会成績も、東京五輪とは隔たりのある結果しか残せなかった。世界陸上オレゴンは800m、1500m、5000mと日本選手では初めて個人3種目に出場。挑戦する姿勢を貫くことで自身を鼓舞し、プラスの効果を得ようとした。だが結果的には800m予選落ち、1500m準決勝止まり、5000m12位と「全て中途半端」な成績に終わった。「(単なる)思い出作りをしてしまった」と、自身を責めた。
しかし現在は、昨年の世界陸上前とは大きな違いを田中自身が感じている。
「去年は日本選手権までがまず必死で、日本選手権が終わった後は鍛錬というより、バタバタっと色々なものを詰め込んで、よくわからないままオレゴンに行っていました。それでも東京五輪の成績だけは自分の中に残っていて、できるはず、という気持ちがあったんです。しかしどうしたらできるのか、根拠のある練習を何も積めていない不安が大きかった」
昨年の世界陸上オレゴンは7月開催で、6月の日本選手権との間隔が短かった。今年は日程的なゆとりと、気持ちの面でのゆとりが違う。
「日本選手権が終わった後にケニアで、徹底的に追い込むトレーニングができました。フィンランドやアジア選手権では、レースの実際の場面で色々なことを試してみることもできた。その後、しっかり休むこともできて、必要なことが全てできている。それを行った上で、向かっていくぞ、という気持ちを作れてはいます。調整段階でうまく持って行ければ去年とは違って、どう戦うかということを具体的にイメージして行けます。緊張はあっても、大きな不安はなく行けると思っています」
田中コーチは東京五輪時と比べて「やっていることがここにつながる、とイメージできている」と話す。
「東京五輪は直前の千歳で自己新(4分04秒08)を出したことや、大会期間に入ってその場、その場でイメージを作ることができました。今回は本番を迎える前から、このくらいで走れるというイメージを持てています。本人も、もう一度4分を破りたいと、口にできるくらいになってきました」
東京五輪は勢いで出した3分台だったかもしれないが、ブダペストではしっかりと根拠の持てる練習を積んだ上で、3分台を出しに行く。