8月19日に開幕する世界陸上ブダペスト大会。その最初の種目である男子20km競歩で、日本の陸上競技史上に残る快挙が実現するかもしれない。19年ドーハ大会、22年オレゴン大会とこの種目2連勝中の山西利和(27、愛知製鋼)が3連覇に挑む。後編は、内田隆幸コーチの目から見た山西の強さ、ブダペストに臨む状態を紹介する。

内田コーチが山西を「世界チャンピオンと認めない」理由は?

内田隆幸コーチは競歩界の名伯楽で、歩型にこだわった指導で世界的にも知られている。
「レース中に警告が出たらスピードを上げられなくなってしまいます。だから、警告を出されないフォームで歩かないと、世界では勝負できません」内田コーチの口癖であり、信念である。

「私は山西に、世界チャンピオンとは認めない、と言っています。東京五輪も世界陸上オレゴンも、警告が1枚出ているからです。0枚で勝たないとダメです」

内田コーチの前では連続金メダリストも形無しである。そのくらい歩型指導を徹底してきた。

教え子の鈴木雄介(35、富士通)は20km競歩の世界記録保持者で、19年世界陸上ドーハ50km競歩で日本競歩界初の金メダリストとなった。荒井広宙は昨年引退したが、16年リオ五輪50km競歩で銅メダル。日本人初の五輪競歩メダリストとなり、翌年の世界陸上ロンドンでは銀メダルを獲得した。

そして山西が19年世界陸上ドーハ、22年世界陸上オレゴンと陸上界初の2大会連続金メダルを獲得。鈴木は高校時代まで、荒井は実業団最初の時期までの指導だったが、山西は高校時代からアドバイスをし始め、現在も指導をしている。3人とも歩型に不安がなく、競技人生を通じて一度も失格したことがない。

ポルトガルのレースでまさかの警告2枚

ところが今年5月のポルトガルの20km競歩に出場した山西は、警告を2枚出されてしまった。3枚目を出されればペナルティゾーンで2分待機しなければいけなくなる。その後、4枚目を出されれば失格する(以前は3枚目で失格した)。内田コーチは遠征に帯同していなかったが、レース後に厳しい叱責があったと思われた。だが山西本人も内田コーチも、冷静に対応策を考えたという。

「遠征の疲れがあったのだと思います」と内田コーチ。「現地に入って調整する期間が短かった。私が帯同できていれば、もう少し具体的に注意できたのですが…。前日に送ってもらった動画を見て、振り出し時のヒザが高く、(走りでいうキック脚の)巻き脚も高くなっていた。そうなると国際審判員から注意や警告が出ます」

山西も反省と同時に、冷静に分析する。

「現地での調整や感覚のアジャストが上手くいきませんでした。練習で少しバタバタした動きだなと感じた瞬間があったんです。絶対大丈夫だと思った動きをしているのに赤(警告)が出たわけではなくて、ちょっと今日は良くないなと思っていて赤が出たので、まあやむなし、という感じの評価をしています」

山西クラスの選手でも、疲れがあると歩型が乱れる。それを世界陸上前に再確認できた。「良い勉強でした」と師弟は異口同音に話す。

「我々が目指しているものからすれば足りない結果でしたが、内田コーチとは現状は受け入れながら、直すべきは直して次に向かいましょう、という話をしました」(山西)

内田コーチからの叱責はなかったが、帰国後、練習中の山西にかける内田コーチの声が心なしか大きくなっていた。