台湾の最前線 金門島の現状
要塞の島「金門島」。台湾本島から200㎞離れているのに対し、対岸の中国・福建省アモイ市からは近いところで2㎞ほどしかない。島を守る部隊の演習の取材が許された。外国メディアに公開されるのは異例のことだ。
演習は沖合の島に敵が上陸したとの想定で行われた。
日下部正樹記者
「相当距離はありますが、爆風を感じました」
金門島の面積は、周辺の島々を含めても小豆島ほど。かつて、この小さな島に10万とも言われる台湾軍の兵士が駐留していた。

守備部隊兵士
「金門島は前線なので戦地の緊迫感があります」
「もし戦争となれば必ず最前線にたちます」
現在、島の兵員数は最大時の30分の1にも満たない。要塞の島に何があったのか。

日下部記者
「金門島の海岸には敵の上陸を防ぐための杭が打たれています。海の向こう、5㎞ほど先には中国・福建省アモイ市の高層ビル群を望むことができます」
以前、海岸線には地雷が敷設され、海には近づけなかった。今は観光用に旧式戦車が並べられている。長い間、金門島は有事の際、中国の最初の標的になると見られてきた。
1958年8月、人民解放軍は島に向け一斉に砲撃を開始する。第二次台湾海峡危機だ。40日あまりで47万発の砲弾が撃ち込まれた。その後、散発的になるが、砲撃は1979年まで続いた。
砲撃に備え、島には迷路のように地下通路や防空壕が掘られた。

日下部記者
「地元の人々も軍と一緒に掘った地下通路。政府機関や軍事施設に地下を通じて行けるように掘られたそうです」
ただ島民は黙って砲撃に耐えていた訳ではない。大量に打ち込まれた砲弾に目を付けた。砲弾は包丁に姿を変えた。材質が適していたのだ。いつしか「金門包丁」として島の名物となり、世界中から注文があるという。材料不足の心配は全くない。

ーーひとつの砲弾からどのくらい出来る?
包丁屋 呉増棟さん(65)
「だいたい60丁くらい」
呉さんが生後7か月の時、最初の砲撃があった。それが20才まで続いた。音を聞いただけで着弾地点がわかったという。

呉増棟さん
「砲弾を利用した包丁は平和の象徴です。中国との戦争が2度と起きないよう願っています」
東西冷戦の終結が島のあり方を大きく変えた。2001年1月、半世紀にわたり途絶えていた対岸・福建省との往来も解禁された。軍に依存していた島の経済は、中国依存に大きく舵を切ったのだ。
島の人々の中国に対する意識は台湾本島とは明らかに違う。そもそも金門島は台湾ではない。行政上の地名は「福建省金門県」。台湾に逃げのびた中華民国がわずかに維持している福建省の島なのだ。
金門島選出 陳玉珍 立法委員
「私たちは福建省の金門人です。台湾の金門人だとは思っていません」
金門島選出の立法委員、陳玉珍さん。彼女の言う福建省とはあくまで中華民国の福建省だ。こうした金門島の複雑で微妙な立場を彼女はこうたとえた。

金門島選出 陳玉珍 立法委員
「ウクライナでいうと、金門島はよくクリミア半島にたとえられます。国防部の研究機関によれば戦争が起きた場合、金門島は自力で戦わなくてならない。台湾本島からの支援は困難だからと」
「有事の際は見捨てられるのではないか。だから中国とはうまくやりたい。」島の人たちの本音だ。
金門島で政権与党の民進党は全く人気がない。島民からすると民進党は台湾本島しか見ていないように写る。こんな事もあった。
かつて街の中心部には中国からの観光客を歓迎するため、中国と台湾=中華民国の旗が掲げられていた。今、その旗はない。
屋台店主
「旗を出さないよう言われたんだ。(誰に?)蔡英文政権だよ」
コロナで中国観光客が途絶え、商売あがったりだという。
屋台店主
「彼らは沢山ものを買ってくれるからね」
中国との関係はどうあるべきなのか。

金門島選出 陳玉珍 立法委員
「交流を増やすことです。金門島は戦争を体験したので、もうたくさん。平和に敗者はいない。戦争に勝者はいないのです」
金門島を守っていた数多くの軍事施設は今、重要な観光資源となっている。かつて対岸の中国向け政治宣伝用に使われた巨大なスピーカーからは「アジアの歌姫」テレサ・テンさんの中国向けメッセージと歌が繰り返し流される。

テレサ・テン
「親愛なる大陸同胞の皆さま。こんにちは。私はテレサテンです」
「大陸にいる同胞の皆さんにも私と同じような民主と自由を堪能して欲しい」
いま対岸に声は届かない。あくまで観光客向けだ。こんな場所も人気スポットになっていた。
日下部記者
「獅山砲陣地です。観光客向けのパフォーマンスとして模擬の砲弾があります」

パフォーマンスに使われる榴弾砲は1958年、アメリカ統治下にあった沖縄から運ばれてきた実物だ。兵士姿の女性たちは地元政府の観光局に雇われている。コロナ前は大砲の標的だった中国から来た観光客で賑わっていたという。
ーーもし中国と戦うことになったら?
「出来ません。私たち主婦に出番なんかありません。仕事でやってるんです」

大砲の音がすると観客から歓声があがった。しかし、実際の軍事演習に比べ、それは緊張感とはかけ離れた軽い響きだった。