ロシアによる侵攻でウクライナの各地で起こる戦闘。町の景色が跡形もなくなる被害を受けている自治体もある。そんな中でも政府からの国民への連絡は滞りなく行われているという。日本の3周先を行くというウクライナのデジタル技術。「戦争だからできない」でなく「戦争だからこそやる」デジタル技術の凄みを取材した。
スマホでロシア軍への攻撃から子ども番組まで
1年前、ウクライナから日本に避難してきたマクシム・ハイチェンコさん。現在、キーウの大学の授業をオンラインで受けながら、東京の企業でアルバイトをしている。彼が見せてくれたのはウクライナの成人の70%以上に利用されている、いわばウクライナ版の“マイナポータル”『ディヤ』だ。

ウクライナから日本に避難しているハイチェンコさん
「こちらが身分証明書なんですけど、国際パスポートです」

スマホ1つで、ウクライナ国内のほとんどの手続きが可能になるという。
ウクライナから日本に避難しているハイチェンコさん
「銀行口座を作ることとか、本人確認みたいなものは、1つのクリックでできます。このあいだウクライナの銀行口座を登録する機会がありました。90秒で銀行口座を作ることができました」

こうした開発のきっかけは、ゼレンスキー政権の公約からだったという。ウクライナのデジタル改革省で、この『ディヤ』の開発に携わった担当官が取材に応じてくれた。

デジタル改革省 スラワ・バニク氏
「当初はゼレンスキー大統領のアイデアでした。選挙公約の中に“スマホの中の政府”という項目がありました。国のサービスはバラバラで効率化されていないので、解決すべきだったのです」
スラワ・バニク氏に言わせると、デジタル化のもう1つのテーマは汚職撲滅。人を介さなければ、汚職の種がなくなるというのだ。ゼレンスキー政権の発足からわずか2年半でアプリを開発し、行政サービスや国の手続きは、ほとんどスマホで済むようになっていたという。
そしてロシアが仕掛けた戦争で、この『ディヤ』が当初の目的以上に役立っているというのだ。国民の情報が入った『ディヤ』のシステムを連携させ、ロシア軍の情報を通報できるアプリを作ったという。
デジタル改革省 スラワ・バニク氏
「ロシア軍の情報通報アプリの本格的な制作作業を始めたのは、侵攻が始まった翌日でした。作るのに2週間もかかりました。初めは時間との戦いで、ほぼ24時間働いていました。国民が支援を必要としている時に休む間はありませんでした。このアプリで情報提供する前に『ディヤ』でログインしないといけません。提供者は『ディヤ』によってウクライナ国民である保証があります。そのおかげで偽情報からは解放されました」

偽情報を極力排除する形でアプリから集めたロシア軍に関する情報によって、ウクライナ軍がロシアに奇襲攻撃をかけることもできるようになった。さらに、ロシアが仕掛けてくる情報戦にも「ディヤ」は大きな役割を果たしたという。
デジタル改革省 スラワ・バニク氏
「侵攻が始まった時、ロシア側は物理的な攻撃やサイバー空間での攻撃だけでなく、情報戦にも踏み切りました。彼らはテレビ塔をミサイルで攻撃し、テレビ局の建物を占拠し、ラジオ局を乗っ取りました。そして『ゼレンスキーは海外に逃げた、ウクライナ軍は降伏した』という情報を発信したのです。あのようなニュースを見聞きした人は、ウクライナが降伏したと思うようになる可能性もあります。私たちはそこで、『ディヤ』でテレビが見られるようにしたのです」

ボタンを押すと、テレビの映像がスマホ内で見ることができる…放送が邪魔されても、インターネットで誰もがウクライナのテレビの情報を得ることができるようにしたのだ。そして情報が行き渡った時に、政府に求められたのは思いもよらぬものだった。しかしそれこそが、長期化すればするほど必要なものだったという。
デジタル改革省 スラワ・バニク氏
「テレビでは24時間ニュースを流していますが、その後、子ども用のチャンネルも追加しました。避難所などにいる子どもたちが気分転換できるようにするためです」
