今度は自分が「引き出す」存在に

息子の晴れ舞台を見届けた翌年、裕人さんは病に倒れ、家族と別れを告げました。

亀山耕平さん:
「昨日、父の日だと言ってビールを開けてここで(一緒に)飲んで寝ました。という父の日(笑)」

寡黙だった父・裕人さん。多くは語らなかったその裏に、こんなエピソードもありました。

釜山さんの母・良美さん:
「うちのお父さんが、この人に秘密で(埼玉の高校の)先生と話をして『先生引っ張ってください。うちの康平はこっちでやるって言ってますけど』と。実はお父さんが『鈍行(列車)に乗ってちゃ駄目、特急列車に乗らないと駄目だ』って言って」

亀山耕平さん:
「本当に、オリンピック見て亡くなったって感じ…」
母・良美さん:
「でも最後も『もうお前のことずっと応援できたし、オリンピックもあったし、俺は幸せな親父だ』って言ってました、うん」

多くの人に支えられてきた亀山さん、今度は自分が未来のオリンピック選手を育てる立場になります。

体操元五輪選手 亀山耕平さん:
「教育の根本って、ガッと言ってやらせるということではなく、エデュケーションのエデュコってもともと「掘る」というところから始まっていて、「引き出す」というのが教育の根本なので。辿っていける道筋っていうのを作れるような人でありたい。いずれは、やはり世界を狙えるオリンピックで金メダルをとったりとか、この業界を変えるバイタリティのある選手が育ったりとか、という一役になれればいいと思いますし、私も負けじとバイタリティを持って挑戦し続けたい。

【tbcテレビ ヒーローインタビュー】