男子100mの新鋭が存在感をアピールした。2023オールスターナイト陸上(第63回実業団・学生対抗)は7月1日、神奈川県平塚市のレモンガススタジアム平塚で行われ、男子100mは19歳の栁田大輝(東洋大2年)が10秒10(+0.3)で優勝。8月の世界陸上ブダペストの参加標準記録(10秒00)は破ることができなかったが、微風だったことを考えれば今後の突破が期待できる。標準記録の設定が高いため、男子100mの出場選手枠48人中、標準記録突破者は6月末時点で21人。標準記録突破者以外はRoad to Budapest 23(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)の順位で選ばれる。栁田は6月末時点で45位。今大会で上昇したのは間違いなく、7月12日開幕のアジア選手権(タイ)でさらにランクアップが期待できる。

「何も考えない」で走ったが、終盤で走りに乱れも

栁田はスタートから飛び出した。前半は岡崎隼弥(ATHLETE LINK)が食い下がり、後半は勝瀬健大(MOCT)が2位に上がったが、危なげのない走りで逃げ切った。

「今日は何も考えないで走るように言われていました。自分もそうしようと思っていましたし、もしも悪い点があったら、何も考えていなくてもわかるはずですから。しかし最後は欲が出て、(上体が)突っ込んでしまったかな。突っ込んで脚が流れてしまった(前方への引き戻しが遅れた)かな、という気はします」

レース展開的にはまったく心配はなかったが、栁田の理想とする走りではなかった。6月4日の日本選手権も、80mまでは優勝した坂井隆一郎(25、大阪ガス)に先行していた。だが終盤で0.02秒逆転された。

「行けるかな、と思った瞬間に坂井さんがちょっと視界に入って、一気に力が入ってしまいました」

実業団・学生対抗でも課題が完全に解消されたわけではない。風速など気象条件の影響を受ける記録を単純比較はできないが、ピークを完全に合わせた日本選手権の10秒13から、今大会への10秒10へと進境を示した。

日本選手権後は「重いものを引っ張ったり、ウエイトもしっかりやったりして、今までノータッチだった上半身」も強化の対象に入れてきた。

「なんで(終盤で動きが)暴れてしまうのかを考えて、スピードは出るけど体が、(特に)上半身が追いついて来ない、という想定ができました。それが合っていても間違っていても、上半身の強化はやるに越したことはない。プラスにしかならないと思ったので、とりあえずやってみました」

まだ100%効果が出たとは言えないが、栁田の走りは短期間で成長を見せた。

アジア選手権が極めて重要に

「追い風参考なら9秒台が出ます」。オールスターナイト陸上1週間前に、東洋大・土江寛裕コーチは栁田のタイムを予想していた。

追い風0.3mで10秒10は、参考記録となる2.1m以上の追い風なら、9秒台は間違いなく出ていた。追い風参考を想定したのは、平塚競技場は風が強いことが多く、ホームストレートが向かい風の場合はバックストレートで直線種目を行うからだ。しかしこの日は微風。柳田本人も「風がやんじゃいました」と苦笑いした。

「追い風参考でもいいから9秒9台前半とか、9秒8台とか、風を使って出せればいいかなと思っていたんですけど、綺麗に風がやみました。でも、それで公認の自己記録が出たから、モチベーションにはなりますね」

東洋大の先輩である桐生祥秀(27、日本生命)が、9秒87(+3.3)で走ったことがあるが、追い風参考でも9秒8台は簡単には出せない。

オールスターナイト陸上の結果がまだ反映されていないが、栁田のRoad to Budapest 23の順位が6月末時点で45位。男子100mの出場人数枠は48人なのでボーダーラインだが、オールスターナイト陸上の結果でポイントは上昇する。

7月のアジア選手権は順位得点がひときわ高い。そこで上位に入ればRoad to Budapest 23リストで48位以内が確定するはずだ。そして7月23日のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会に4×100 mリレー日本チームのメンバーとして参加する。

「まずはアジア選手権でしっかり結果を残さないと、気持ち的に落ち込んでしまうと思うので、まずはアジア選手権、個人で勝負したいですね。そこで結果を残して、勢いをつけてロンドンに入って、もうイケイケでやっていきたいと思います」

今季のアジア・リストでは桐生が10秒03(+0.7)でトップだが、故障のため日本選手権を欠場。アジア選手権代表に入っていない。10秒05(+2.0)の謝震業(29、中国)が参加候補選手の中ではトップで、10秒08(+1.7)の坂井、10秒10(+0.3)の栁田と続く。上位3人は今シーズンの状態に、大きな差はないと見ていい。

7月14日のアジア選手権男子100m決勝は、世界陸上に向けて目が離せないレースになる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)