戦後78年 慰霊のあり方とは

かつての戦場は現代に何を語りかけるのか。遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんは、戦跡で戦死者の遺骨に向き合い続けている。

具志堅隆松さん
「どこを踏んだらいいのか、ちょっと迷います」

岩と岩の狭い隙間をくぐった場所で見つけたのは。

具志堅隆松さん
「焼けてるけど、これ人間の頭蓋骨の割れたのなんですよ」

具志堅さんは、遺骨を遺族の元へ帰したい一心だった。

だが、遺骨が混じっている可能性がある土砂を辺野古新基地建設の埋め立てに使う国の計画がもち上がっている今、戦死者を追悼し次の世代に伝えるため、そのまま現場を残すべきではないかと考え始めている。

具志堅隆松さん
「どういうことをすれば亡くなった人たちの気持ちに沿うことになるのかなっていうふうな。国がやってることっていうのは、戦争の被害を見えなくしようとしてるんじゃないか。現場を残し、戦死の痕跡を残すというのは私は慰霊そのものだと思ってます」

次の現場でも遺骨が…78年後にも突き付ける戦争の現実である。

具志堅隆松さん
「ここで人間が犠牲になったんだということ。尊い犠牲者という言い方で国のために命を捧げた英霊というふうに、国が戦場に送ったからそういう言い方をするんだろうが、戦地に送られて戦死した者にとっては違う言い方があると思いますよ」

いま、慰霊のあり方を考える。

具志堅隆松さん
「犠牲者と向き合ってほしい。向き合うことでその人たちの最後の恐怖であり、苦しみであり、絶望であり、そういうことに思いをはせて、二度と戦争しませんと言いたいけど、今その部分が危うくなってる。だからこそ彼らにも出せない声を発してほしい。(生者と遺骨が)会うことによって」