■最高裁の法廷で「私を見ていたあの男は…」

判決から1年。中島さんは、いまでも、あの日の法廷のようすをありありと覚えています。

「声がね、出ないというか、空気が全部止まった感じがしましたよね。足元が崩れるような思いということも言えますけれども。私の後ろには弁護士が2人座っていて、判決の言い渡し前までは弁護士の存在が、空気を通じて伝わるもんですよね。ところが、あの判決の時にはね。空気の動きがまったくなかったんですね。人がそこに存在しているってことがわからなくなる。静かなんですよ。異様な空気を味わいましたね」

言い渡しが半分ほど進んだとき、中島さんは「敗訴」を確信しました。

「判決の言い渡しの半ばぐらいで我々を負けさせたってわかったんですよね。で、私はそのときにカーッとね、頭に血がのぼって裁判長のことをたぶん鬼のような目で見返したんですよ」

そのとき、裁判長の隣にいた裁判官が、目に入りました。

「頭の白い男性の裁判官でしたけど、私の方をじっと見ているんですよ。何だこの男はって。私も見返したんですよね。おそらく相手の目を10秒くらい見ていた」

その裁判官こそ、反対意見を述べた三浦守判事でした。

「後でわかったんですけど、それが、反対意見を書いた三浦守裁判官だったんですね。静かな目でじっと私を見ていた。この男は我々をあざ笑っているのかと思いましたけれども、実はそうではなくて、国に責任があるんだという反対意見をぶつけた人だったということがわかって、どういう気持ちであの時、私を見たのかなって……」

三浦判事は「国が規制権限を行使しなかったことは、法令の趣旨などに照らし、著しく合理性を欠くものであって違法である」という反対意見をつけました。

「ここで負けてはいけないぞと。あなた方は真理を握っているんだから、負けずにまた立ち上がって戦えというメッセージを、三浦守裁判官はあの意見書の中に書いたと思っています」

判決直後の会見で「日本はまた原発事故を繰り返す」と、話した中島さん。1年が経って、その思いは、いまも変わりません。

「最高裁が国に責任なしとした時点で、何をやっても許されるなら、それは真剣に国が原発の安全性を考えよう。対策を取ろうなんてやるはずがなくなります。原発はやっぱり危険なもので、いったん事故をおこしたらどうしようもない代物なわけでしょ?それに対する危険性をね、何としても抑え込むんだっていう真剣みがなかったらまた同じ過酷事故になりますよ。その思いがあの言葉になったんです」

国の責任が否定された一方で、東電の責任は確定し、賠償の基準「中間指針」が見直されました。中島さんたちが声を挙げた結果ですが、その後、東電は追加賠償の受付で、ダイレクトメールを誤送付したり、電話がつながりにくかったりするなど、トラブルが相次いでいます。これも、国に責任がないという判断の影響ではないかと話します。

「『速やかに改善しろ』と国が命じれば、もっとこれは状況はたちどころに変わると思うんですけど、これも最高裁の判決で、責任が認められなかったというこうことで、国自身に責任感がなくなっているんじゃなかと思いますね」

国の責任を求める中島さんたちの戦いは、いまも続いています。17日、最高裁の前で、中島さんは改めて、思いを語りました。

「我々が味わっている被害というのは、二度と誰にも同じようなことを繰り返させたくないというのが出発点ですから。去年6月の判決を覆すために我々は戦うし、公正な判断を示してもらいたい」