資料館「本館」へ行ったのか―?

首脳たちの見学を巡っては、話題になった点があります。

資料館の建物は2つに分かれています。
焦土と化した街の様子を伝える模型や復興の歩みを紹介する「東館」と、「被爆の実相」を物語る被爆者の写真や遺品が展示された「本館」があります。
あの三輪車も本館に置かれています。

しかし今回の見学に際しては、東館に入ったものの、本館にまで足を運んだかどうかは明らかにされていません。

原爆資料館の前館長、志賀賢治さんは…

志賀賢治 前館長
「被爆者の視点であの日を描こう、展示をしようと、全体の構成を練った。彼ら(G7首脳)は何を見たのか、記憶の中に残していくのだろうかと、疑問に思いながら見ていました」

戦争終結のため、原爆投下は必要だったと考える人も多い、アメリカ。
そうした世論に配慮してか、見学の詳細は明かされませんでした。

「核兵器国」と「非核兵器国」の“橋渡し役”はできている?

広島が地元の岸田総理はこれまで繰り返しこう語ってきました。

岸田総理
「核兵器国と非核兵器国の"橋渡し"に努め、唯一の戦争被爆国としての責務を果たします」

しかし、アメリカの核の傘の下にいる日本は、非保有国が中心となって成立した「核兵器禁止条約」に参加していません。

そうした日本が、サミットでどこまで「橋渡し役」を果たせるのか。被爆者たちも期待と不安を抱いて、会議の成り行きを見守りました。