カーリーとの差を縮めることが9秒台に
計画的ということでは坂井も負けていない。カーリーが400mで世界陸上銅メダルを獲得した19年に、坂井の“原型”も完成した。

当時関西大の4年生。6月の日本学生個人選手権に、スタートから飛び出すレースパターンを武器に10秒12で優勝した。22年のデータではあるが、坂井の10m通過タイムは1.80秒。19年世界陸上100m優勝者で、やはりスタートを武器とするクリスチャン・コールマン(米国)の1.81秒よりも速かった。
坂井は大学3年時からまったく新しく、動きづくりのためのドリルと、筋力トレーニング中心のメニューに取り組み始めた。ドリル自体も筋力を必要とする内容も多く、1日の練習の大半をドリルに費やす。通常の走るメニューをほとんど行わない。そのシーズンは低迷することも覚悟で練習を変更したが、翌年には一定の成果を得た。
坂井はそれ以前からスタートを得意としていたが、後半の減速が大きかった。だが後半の走りをシミュレーションするのでなく、得意のスタートから加速局面を徹底的に研いた。ドリルを2時間前後も行う異例の練習で、ドリルが終わってから走りにつなげる部分を練習し、筋力トレーニングも行う。練習のボリューム自体が、後半のスピード維持にもつながったという。
そのトレーニングは大阪ガスに入社した20年以降も徹底して続け、昨年6月の布勢スプリントで10秒02をマーク。世界陸上オレゴン代表入りを決めた。
坂井は動きづくりのドリルが練習の大半のため、レースによって動きが大きく変わることはない。自身初の世界陸上でも予選はイメージした通りの動きができ、10秒12で通過した。
「自分のスタートが通用することがわかったことは収穫でした」
しかし準決勝はカーリーと同じ組だった。「思っていたより早く追いつかれ、抜かれたことを鮮明に覚えています。世界のトップは違うな、と思いました」。タイムは10秒23。さすがの坂井も、予選と全く同じ動きはできなかったようだ。
そして今回のGGPが、自身の成長を確認する場になる。
「どこまで食らいついていけるかわからないが、なるべく多く(前半でリードする)差を維持できるようにレースに挑みたい。今年は冬期練習でも、スタート練習と並行して、最大スピードを上げる練習をしっかり行ってきました。そこが噛み合い、風などのコンディションに恵まれれば、9秒台は出せるところに来ています」
昨年秋に取材したときも、今年の日本選手権では「無風で10秒00」という目標を掲げていた。少しでも追い風になれば9秒台を出すプランだった。
坂井も自身の特徴をしっかり理解し、カーリーと同様に計画的に強化に取り組んできた。オレゴンでは50m付近でカーリーに先行された。それが70m、80mまで伸びれば、坂井も9秒台でフィニッシュしているだろう。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)