彼らは60時間食べないと餓死してしまうといいます。二晩も続けて吸血に失敗すると、命が危なくなってきます。そんな時、満腹のコウモリにお願いすると、血を吐き戻して分けてくれるというのです。

ある研究調査によると、満腹のコウモリが体重の5%分の血を仲間に分け与えると、餓死するまでの時間を4〜5時間縮めてしまいます。一方、飢えたコウモリはそのおかげで命を15時間も永らえることができるのです。与える方は少しだけ損をしますが、分けてもらった方はとてもありがたい。

さらに、妊娠中や授乳中のお母さんは、たっぷりの栄養が必要なので、獣の血を毎日なめなければなりません。吸血に失敗すれば、自分も赤ちゃんも危なくなります。そんな時、仲間が血を分けてくれるのです。

「妊娠中は大変でしょう。いいですよ、たくさん食べましたから、少しくらいどうぞ、お互いさまですから。」
「ありがとう、ほんと、助かります!」

チスイコウモリはその恩義を忘れないそうです。仲間を助けたことのあるコウモリほど困った時に助けてもらい、逆に、他者に冷たくしてきた者は援助してもらえない、ということがあるそうです。

これを【互恵的利他行動】と言います。

番組のカメラは洞窟の中で、子育て中のお母さんが別の大人に赤ちゃんを預けるところを捉えていました。仲間の赤ちゃんの面倒をみる。彼らは優れた社会性を持っているのです。

自分の子供を仲間に預ける

「お互いさまです」… 利他行動のほうが得をする

コウモリにも「思いやり」はあります。仲間への援助や感謝は、人間だけの美徳というわけではなさそうです。

それは美徳というよりは、むしろ生き残るための戦略と考えられます。

チスイコウモリの世界では、仲間を助けたほうが永く生き延びて、たくさんの子孫を残せる。「お互いさまです」という方が得をするということです。

では、人間の「思いやり」も戦略なのでしょうか?そのとおり。多くの人類学者や動物学者がそう考えています。

人間はひとりではとても弱い存在です。

私たち(ヒト)の祖先はアフリカで狩猟採集生活をしていました。ひとりだけでは猛獣たちのエサにされる野生の世界。でも、顔見知りの仲間同士が力を合わせれば、猛獣から逃れたり、大きな動物をハンティングすることができたでしょう。
チームワークで守り、攻撃し、成果を分け合う。

「お互いさまです」が、人間が厳しい野生を生き抜くための秘訣でした。

チスイコウモリよりも【互恵的利他主義】が遥かに進んだ状態になったのです。

チスイコウモリの場合は、飢えた仲間に血を分けなければ、自分が困ったときに助けてもらえない。その1匹だけが死んでおしまいです。でも人間の場合、助け合わなければチーム全体が崩壊してしまいます。

こうしてヒトは特殊な動物になっていきました。