岸田総理がウクライナからの避難民の受け入れを表明してから約2か月。これまでに800人を超えるウクライナ避難民が来日した。着のみ着のままで戦火を逃れてきた避難民たちは来日してしばらく経ち、どのような生活を送っているのか。果たして、支援は十分行き届いているのだろうか。取材を通じて、避難民の間でも支援に「差」があることも分かった。

■「日本に恩返しがしたい」身寄りなく来日した避難民の思い


海岸で、毎朝欠かさずゴミ拾いをしているウクライナ避難民がいる。

避難民 ウラジーミルさん
「受け入れてくれた日本にせめて何か恩返しがしたくて」

海岸でゴミ拾いをするウクライナからの避難民・ウラジーミルさん


ウクライナ東部ドニプロで医師をしていたウラジーミル・ピヴォヴァルチュクさん(65)。ロシア軍の侵攻が始まった日から空襲警報が鳴り響く日が続いた。しばらく自宅で耐えたが、統合失調症を患う35歳の息子が怖がる姿を見て、国外脱出を決意した。

ウラジーミルさん
「空襲警報におびえる息子を見て、ここにはいられないと思った。荷物をまとめる時間は2時間しかなく、思い出の詰まった写真も、せっかく育てた畑のトマトも捨てていくしかなかった」

避難の状況を語るウラジーミルさん


妻と息子、そして飼っていたネコを車に乗せ、48時間走り続けて西部の街を目指した。戦時下のウクライナでは18歳から60歳の男性は原則出国できない。国境では息子(35)が統合失調症を患っていることを証明し、なんとか一家全員ポーランドに脱出することができた。

そして4月5日、日本の政府専用機で来日した。ウラジーミルさんは日本に身寄りはなかったが、ウクライナにいた日本人の友人に「安全で食事もおいしく、豊かな国だ」と薦められ、日本行きを申し込んだ。そこで辛い別れもあった。

ウラジーミルさん
「専用機に動物は乗せられないといわれネコは他の避難民に預けました。家族を置いてきた気分です」

彼はこう言ってスマホ画面のネコを指でなでた。

ウラジーミルさんの飼いネコ 今は離れて暮らしている