表面上、風景は随分変わりました。欧州の巨大銀行クレディ・スイスが、UBSに救済買収される形で実質的に破綻してから、1か月が経ちました。この1か月間、アメリカの地方銀行にも、欧州の大銀行にも、新たな破綻は生じませんでした。アメリカの当局が、破綻の連鎖を断ち切るために大量の流動性供給を行ったことが功を奏しました。世界の株価も比較的堅調で、金融市場は落ち着きを取り戻したようにも見えます。しかし、これで金融不安が収まったと見るのは、早計です。
米地銀とクレディ・スイスに共通項なし
目の前にある事実は2つです。破綻したのが、アメリカの2つの地方銀行(シリコンバレー銀行とシグニチャー銀行)と、地理的に遥かに離れたクレディ・スイスだったこと。
そして、いずれの銀行破綻も急激な預金の流出が引き金になったことです。逆に言えば、米地銀とクレディ・スイスの間には、それ以外の共通点が見つからないことに、むしろ不気味さを感じてしまうのです。
確かに、今回の金融不安の扉を開いた、アメリカの2つの地方銀行には、米当局が強調するように「固有の事情」がありました。
預金保険対象外の預金の比率が異常なほど高かったこと、国債投資のリスク管理に問題があったことは事実です。
また、クレディ・スイスには相次ぐ不祥事や経営の不透明性など、市場につけ込まれる素地がありました。
しかし、こうした「固有の事情」だけで、破綻したわけではありません。破綻につながる「環境」があったからこそ、現実化したのです。
今後も高まることが予想される信用リスク
例えば、各国の利上げによって金利が急上昇し、これまで安全とされてきた国債に膨大な評価損が生じていることは、程度の差こそあれ、どの銀行にも当てはまります。
そしてインフレがなかなか収まらないために、利上げはまだ続きそうです。金利高は債券の評価損だけでなく、信用リスクをさらに高める方向に作用するでしょう。
また、利上げの影響で景気そのものが減速、悪化しているのですから、銀行にとって、貸出先のリスクは高まっているのです。すでにアメリカの大手銀行も貸倒引当金を厚めに積み始めています。
さらに、今回の金融不安を機に、銀行は貸し出しを、急速に厳格化させています。アメリカの4大商業銀行の1-3月期の決算によれば、融資残高の合計は2年ぶりに前期末を下回ったということです。
すでに「貸し剥がし」が始まったとも伝えられており、「カネ回り」は確実に悪くなっています。
一方、欧州に目を転じれば、クレディ・スイスの他にも、大手銀行の経営の健全性に疑問が投げかけられるという構図そのものは、依然として変わっていません。
クレディ・スイスの実質破綻では、発行していたAT1債は無価値になりましたが、多くの欧州の銀行は大量のAT1債を発行しています。こうした銀行は、引き続き市場で注目されることでしょう。
本格的SNS時代初の銀行破綻
今回の破綻劇は、本格的なSNS時代になって初めてと言える金融破綻でした。その預金流出の速さと量の凄まじさは、想像を絶するものでした。
アメリカの金融当局がシリコンバレー銀行の異変に気づいた時には、営業停止を言い渡す以外、成す術がありませんでした。
大手のクレディ・スイスに至っては、1日1兆円以上の預金が流出したとされています。
「危ないらしいという情報」が、瞬く間に「拡散」し、直ちにデジタルで「預金が流出する」という、いわば「サイバー取り付け」が起きていたのです。
かつての金融危機では、「あの銀行が危ない」といった噂が特定の地域で広まることから始まるというケースがほとんどでした。
特定の支店に預金引き出しを求める行列ができ、それが徐々に広がって、危機が本物になるというパターンです。
だからこそ、90年代の日本の金融危機の際にも、そうした行列の取材に際しては、最大限の神経を使ったものです。
また、危機を抑えようとする当局や銀行の側も、大量の現金を運び込み、敢えて札束の山をカウンター越しの見える場所に置いて、顧客の不安心理を鎮静化させようとしたものです。
しかし、今の時代の「サイバー取り付け」には、もはや、そんな時間的余裕はありません。
危ない銀行があるらしいという心理は、カリフォルニアから一気にスイスまで飛び火する時代なのです。
利上げ局面では必ず「危機」発生
歴史的には、アメリカの金利引き上げ局面では必ずと言っていいほど危機が発生しています。
今回も、危機が起きるとしたら、シャドーバンク(影の銀行)だろうか、新興国だろうかと、専門家たちは様々な推論をしていました。
しかし、実際に危機に見舞われたのは、本家本元であるアメリカの銀行であり、欧州の名門銀行でした。これはとても重い事実です。
利上げの終着点に未だ至らず、インフレや需給の調整も終わっていないのに、わずか1か月の表面上の静けさで、「これで終わった」と思って良い訳がありません。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)