次々と最年少記録を更新する藤井聡太六冠。今や8大タイトルの内、6つを手にし、前人未踏のタイトル八冠同時保持も現実味を帯びてきた。元将棋担当の記者だった筆者は、彼の将棋スタイルの大きな特徴に、AI将棋研究に裏打ちされた鍛錬があると感じている。その正確無比な将棋は無敵のようにもみえるが、敢えて、隙の可能性を考えてみたい。

AI時代の申し子 “藤井聡太六冠”の正確無比な一手

2023年3月20日 六冠達成した棋王戦翌日

将棋はたった一つの悪手により勝負が覆ることもある。しかし、藤井聡太六冠に関しては、そんなことは非常に稀だ。

ネット将棋中継では、1手ごとに、AIによる勝率分析が行われるのだが、藤井六冠は、勝率が9割5分を超えると、ほぼ間違いなく「王手」に至る。それをタイトル戦やタイトル挑戦権をかけた一戦でも実現するのだから、その才能は驚愕すべきものだ。

高い精度の一手で、相手を少しずつ「削る」ように弱らせていき、王の逃げ場を無くす。そんな棋風を藤井六冠はどのように確立してきたのだろうか。

2020年7月16日 初タイトル(棋聖)獲得後の感想戦

コロナ禍では、互いに向き合っての対局練習が制限された。しかし、藤井六冠のタイトル奪取劇は、新型コロナ感染拡大のまっただ中、2020年7月、渡辺明名人を破ったことから始まった。実は藤井六冠は対局練習ができないからこそ「その分、将棋研究に励めた」と語っている。その将棋研究とは、ネット上で一人で行える、最新のAIソフトを活用したコンピュータとの対局や、対局の考察に基づく。

コンピュータ将棋の歴史は、1960年代後半からはじまり、黎明期は、コンピュータの能力は、プロ棋士はもちろん、アマチュアにも及ばないレベルであった。しかし、AIなどの発達により、進化は着実に日々進んで行った。2000年代中盤以降、その進歩は目覚ましく、徐々にプロ棋士を脅かすレベルに達し、2010年代中盤以降は、トップ棋士すら打ち負かした。2017年、遂に当時の佐藤天彦名人を破るに至り、AIは完全に人間の将棋力を超えてしまった

藤井六冠だけでなく、プロ棋士の多くが2010年代中盤以降、AI将棋研究を取り入れ、実力を高めるための必須のツールとなっている。2017年から積極的に行うようになった渡辺名人は、一時期の不調を完全に脱し、更なる強さを増した印象を持つし、レジェンドの羽生善治九段でさえも当たり前に受け入れている。若い藤井六冠にとっては、AI将棋は早い段階から当たり前で、彼の棋風の土台になっている。

正確無比な一手を繰り出し続ける藤井六冠。もう誰も太刀打ちできないのだろうか。実は、AI研究による正確さ、だからこその、隙もあるのではないかと筆者は考えている。