震度7の地震を2度観測し、甚大な被害をもたらした熊本地震から7年が経過しました。被災地で復興が進む一方、今年実施されたアンケートで熊本市民の6割が「地震の記憶を忘れがち」と回答しました。震災の経験をどう伝えていくか。熊本出身の山本恵里伽キャスターが“熊本地震”の7年後を取材しました。
熊本地震から7年…復興進む被災地

2016年4月、2度にわたり観測された震度7。死者は276人(熊本、大分両県・関連死含む)。熊本市のシンボルである熊本城の屋根は崩れ、南阿蘇村の黒川渓谷にかかる阿蘇大橋も崩落し、道が分断されました。
大地震から7年…、熊本出身の山本恵里伽キャスターが取材しました。

山本キャスター(益城町 4月8日取材)
「このお地蔵さん覚えています。残っていますね。(2016年4月30日に来たときは)この横にお米屋さんがあったんですよ。お米屋さんも崩れてしまっていたんですよね。今はないですね」
2016年4月30日、熊本の実家が心配で東京から帰省した際、町の様子を写真に収めていました。その2週間後、取材のため改めて被災地を訪れました。

その時に建設中だった仮設住宅は、公営住宅として今も被災者が生活していました。
最大震度7を観測した西原村では…
山本キャスター
「自転車が置いてあったり、ヘルメットも置いてある。ここから学校に通っているってことですよね」
ーーお母さんいつからここに住んでいるんですか?
近隣住民(94歳)「7年前です。その晩にゆらゆらしたけ。うわー地震って。ビックリしましたよね。あんな地震があったら」
一生懸命、前へ進もうとする住民の姿もありました。

近隣住民(75歳)「(家の)再建を目指しているところ。生きているうちには建てたいと思っている」