ちばてつや氏と引き揚げの記憶 飢餓状態の経験は漫画にも影響

引揚者の足跡が消えゆく一方、記憶を残そうとしている人がいる。
私たちを出迎えてくれたのは、『あしたのジョー』などで知られる漫画家のちばてつやさん(84)。実はちばさんも、満洲からの引揚者だ。終戦当時は6歳だった。

ちばてつやさん
「終戦の次の年に私は帰ってこられます。次の年の夏に帰れます。1年かかりましたけど。冬の間に、私の身の回りでもたくさん死んでる人を見ましたね」

ちばさんは今、自身の半生をテーマにした作品の連載を続けている。
「ひねもすのたり日記」。この作品には満洲での体験も描かれている。

昭和20年8月15日、敗戦を境に、中国人たちが家に押し入って金品を強奪するなどの暴動が始まったという。

<「ひねもすのたり日記」より>

ちばさんの弟
「こ、こあいよお」「お母さーん」

ちばさんの母親
「は、早くみんなを押し入れに入れてっ!」
「グズグズするな、てつやっ!」

満洲にいた日本人男性
「な、なにするんだ!やめてくれ!」

さらに、侵攻してきたソ連兵は、女性を差し出せと迫った。

数々の名作を生み出してきた、ちばさん。
狭い屋根裏部屋を仕事場にしているが、それにはワケがあるという。

ちばてつやさん
「これは屋根ですからね。ちょっと背の高い人は頭ぶつけちゃうけど」

日下部キャスター
「ここでいつも、今も?」

ちばてつやさん
「大体ここに閉じこもってます」
「後で考えるとね、私は何でこういう狭いところが好きなのかなと思ったら、ちょうど引き揚げてくる途中に、中国の人に助けてもらった時期があるんです。そのときに本当に狭い屋根裏部屋で暮らしたことがあるんです。こっそり隠れてね。その時には弟たちに絵をかいたりなんかして楽しんだ、そういうことが私の漫画を描く原点にあるんじゃないかなと気がついたんです」

ちばさんは4人兄弟の長男。当時、屋根裏部屋で弟たちを楽しませようと絵を描き始めたことが漫画家としてのルーツだという。このとき絵を描くようせがんでいた三男・あきおさんも「キャプテン」などで知られるマンガ家になった。

引揚船に乗り込むまでは、空腹との闘いだったと振り返る。

<「ひねもすのたり日記」より>

ちばさんの弟
「おなか空いたよぉ~」

あまりの食糧難に、同じ避難民からこんな取引も持ち掛けられた。

男性
「知り合いの中国人の金持ちが、日本人の子どもを欲しがってるんだよ。豚肉やまんじゅうと交換しないかと言うてな」

周囲の人
「ぶ、豚肉⁉」「まんじゅうだって⁉」
「我々仲間を助けると思って一人くらい、お願いよ千葉さん」

母親は…

ちばさんの母親
「…この子たちはどれも私が産んだ子よっ!一人残らず、全部日本に連れて帰ります!」

ちばてつやさん
「喉が渇くと、水溜りの水をすすったり何かしちゃうし」

――水溜りの水を飲んだりすることもあった?

ちばてつやさん
「ありましたね。川なんか見つけると、もうそこに下りて行ってお水飲んだり。だからずいぶんそれでお腹を壊したりしましたよね」

極限の飢餓状態を経験したことが、『あしたのジョー』のあるシーンに影響を与えたという。主人公・矢吹丈の永遠のライバル・力石徹が最後の決戦にのぞむ前…

――『あしたのジョー』の力石徹が減量するシーン。飢餓感の描写がすごいリアルだなと思ったんですけれども。そのときの体験が影響している?

ちばてつやさん
「ありますね。やっぱりお腹が空いたっていうのは、どういう状況なのか自分でもわかるし。そういう人たちの表情だとか、どういうふうにやつれていくかというのも。もうカサカサになるんですよね。目がギョロギョロして、カサカサになっていく。そういう状況を見てましたから。覚えてますからね」

心に刻まれた引き揚げの記憶。それが今の世界と重なるという。

ちばてつやさん
「またこういう状況がもう二度とあるとは思わなかった。ずっと戦後であって欲しいと思ってたんで」

ちばさんの記憶に刻まれた満洲からの引き揚げ。77年が経った今、ウクライナではロシアによる攻撃から逃れるため、多くの人々が避難を強いられている。その姿が、かつての自分たちと重なるという。

ちばてつやさん
「戦争は絶対いけない。どんなことがあってもいけない。どんなに苦しい状況に追い込まれても、我々は戦争しないんだっていう凛とした姿勢を。武士は食わねど高楊枝じゃないけども。そういう日本人の姿を見せてやってほしいなと思います」

ちばさんがみる、日本の“現在地”とは―?

ちばてつやさん
「鳴門に大きな渦があるでしょう。戦争というのは渦みたいなもんでね、一度渦の中に入ってしまったら、どんなに素晴らしいエンジンを持った船でも、そこから抜けられないんですよね。もうどんどんどんどんその渦の中に入れられてしまうっていうことがあるんで。そういうふうにならないように、今まだ渦のギリギリところにいるんで、中に入らないように、何とか頑張ってほしいなと思います」

最後に、こう聞いた…

――ちば先生はこれからも作品を通じて、そういった思いを書き続けていこうと思っていますか?

ちばてつやさん
「私がフラフラっと何か寝ぼけまなこで事実を、あの頃はこうだったなとか、今戦争がこういう世界はこういうふうになってるけどどうなっちゃうのかなってオロオロしてる姿を描きながら、なんか皆さんが感じてくれるような作品が描ければいいなと思ってます」

(2023年4月1日放送)