またしても、日本の競争力低下を感じざるを得ない出来事でした。有機ELディスプレイの開発・製造を行うJOLED(ジェイオーレッド)は、27日、民事再生手続きの開始を申請し、経営破綻しました。

JOLEDは約1390億円という巨額の公的資金が投じられた国策会社です。高品質の有機ELディスプレイでの日本の巻き返しは、夢に終わりました。

独自の「印刷方式」でゲームチェンジめざす

有機ELディスプレイは、自ら発光する発光ダイオードを使うため、液晶テレビに必要なバックライトが不要で、高品質な画像を映し出すことができます。

また、その薄さから、紙のように折り曲げたりすることも可能で、液晶の次の世代のディスプレイとされてきました。

すでに有機ELの画面は、テレビやスマホで実用化されており、サムソンやLGといった韓国勢がパネル生産で先行しています。

JOLEDは、パナソニックとソニーの有機EL部門を分離した上で統合、2015年に設立されました。当初から政府系ファンド(旧産業革新機構=現在のINCJ)が経営を主導し、現在、INCJの出資比率は56%に達しています。

先行する韓国勢が「蒸着方式」と呼ばれる生産技術を確立していたのに対し、JOLEDは「印刷方式」という独自の技術をめざしました。

「蒸着方式」は、材料を真空状態で気化させることによって発光層を形成します。

これに対して「印刷方式」は、材料を直接塗布するので、材料の無駄が少なく、製造コストの大幅引き下げが期待されていました。

製品化成功、量産開始するも

JOLEDは2017年に「印刷方式」による有機ELの製品化に成功しました。その直後に、私は石川県にある工場を取材する機会を得ました。

現場には、ようやく製造に目処が立った安堵感と、これからの量産に対する希望が溢れていました。

液晶パネルでは、技術で先行しながらも、結局、韓国・台湾に追いつかれ、追い越されてしまったことから、有機ELでの「ゲームチェンジ」に賭ける、関係者の熱い思いが伝わってきたものです。

2021年に量産開始にこぎつけたものの、27日の発表文の言葉を引用すれば、その後も「安定した生産に想定以上のコストと時間を要した」上に、「高性能ディスプレイ需要の伸び悩みや価格競争激化」によって、「事業継続が困難との判断」に至ったのでした。

失敗の原因は、製造技術が確立できなかったこと

敗因はどこにあるのか。何と言っても、「印刷方式」という独自技術を、実際の製造技術として確立することができなかったことでしょう。

実験室で成功しても、現実に工場で、安定して大量生産し、歩留まりを上げていかなければ、コスト低減は「絵に描いた餅」です。

独自の技術を、実際の製造技術に高めることができなかったという意味で、技術力が足りなかったと認めざるを得ません。

マーケティングもニッチに過ぎたか

また、製造技術を高めるための仕組み作りにも課題がありました。例えば、市場ターゲットです。

私が取材した際には、高性能ディスプレイが効果を発揮する、中小型の医療用に期待をかけているという話でした。

医療用であれば、高価格も許容されるという見立てでしたが、当時、素人ながら「そんなニッチなマーケットを狙っているようでは量が出ないだろう」と思った記憶があります。

スマホや家庭用テレビなどの大きな市場は、すでに韓国勢が席巻しており、正面からは競争を挑めないという事情があるにせよ、その後も車載やゲームディスプレイといった分野を狙い、自ら市場を限定してしまった感があります。

エレクトロニクスの世界では、量が出なければ、コストはなかなか下げられないでしょう。

さらに、大規模生産のためには、大規模投資が欠かせません。

かつての液晶パネルや半導体の失敗でも見られたように、大胆な投資判断をする外国勢に対して、公的資金も受けていることもあって、資金を逐次投入するやり方では、局面転換が図れなかったのです。

残る国策会社JDIも前途多難

今後JOLEDは、製造販売から完全に撤退し、380人の社員のうち約280人が解雇されると言います。

残る技術開発は、同じく国策ディスプレイ会社であるジャパンディスプレイ(JDI)が引き継ぐことになります。

もっとも、そのJDIも、JOLED以上の公的資金を受けながら、すでに8期連続の最終赤字という状況です。

日本でのディスプレイ生産は、まさに瀬戸際に立っています。

かつて経済大国を支えたニッポンの電機・電子産業は、どうなってしまうのでしょうか。

今や日本は、国を挙げて、産業の頭脳と呼ばれるようになった半導体生産で挽回を図ろうと懸命になっています。経済安全保障の観点からも必要なことです。

しかし、そこに投じられる公的資金は、TSMCの熊本工場だけでも現段階で約4700億円。

最先端のロジック半導体に挑戦するラピダスには、兆円単位の公的資金が使われることでしょう。半導体はケタ違いの資金を必要としています。

ロジック半導体とディスプレイでは、製品の性格も、置かれた環境も異なります。

それでも、JOLEDなど、これまでの失敗例から、貴重な教訓をきちんと学び取り、是非とも日本の競争力強化につなげて欲しいと思うのです。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)