まさに「臭いモノには蓋」でした。経営危機に瀕していたスイス金融大手のクレディ・スイスが、同じスイスの金融大手のUBSに「買収」されることになりました。「買収」という形ではありますが、実質的には、スイス当局が主導した「救済合併」です。

「買収」会見の主役はスイス大統領

UBSによるクレディ・スイス買収は、週明けのアジアの金融市場が開く直前、現地時間19日、日曜の夜に発表されました。月曜の朝までに処理を終えるというのが、銀行の破綻処理の鉄則です。

スイス当局はすでに前の週に500億スイスフラン、日本円で7兆円を超える流動性供給を行う支援を表明していましたが、報道によれば、その後も1日1兆円以上の預金が流出していたということで、そのまま週明けを迎えれば、突然死のリスクもあったと思われます。

「買収」会見には、UBSとクレディ・スイスの両銀行トップだけでなく、なんとスイスのベルセ大統領と、中央銀行のジョルダン総裁も揃って現われました。

ベルセ大統領は「この買収は信頼回復のための最良の解決策」と述べるなど、さしずめ会見の主役となり、「金融立国」であるスイスの信認維持に躍起でした。

手段を総動員、破格の買収条件

UBSによる買収の条件も破格です。買収額は30億スイスフラン(約4260億円)でクレディ・スイス株22.48株に対してUBS株1株を割り当てます。

発表直前の株価でみれば、クレディ・スイスの時価総額は1兆円以上あったので、その4割にまでディスカウントされました。

もっともUBSは買収価格を当初、10億スイスフランと主張したと伝えられています。足もとを見た面もあるでしょうが、クレディ・スイスの中身を最も知っているUBSが、クレディ・スイスの資産内容に大いに疑問を持っていることを表しています。

そうした懸念に対応するため、スイス政府は、今後発生し得る損失に対して90億スイスフラン(約1兆3800億円)もの政府保証を与えることにしました。今後の損失を政府が補填してくれる約束ですから、買収額に逆に「のし」がついてくる格好です。

さらにスイス中銀は1000億フランの流動性支援枠も設定しました。買収手続きを円滑に進めるために、スイス政府は通常必要な両銀行の株主による投票を省略できる緊急条例まで出すと言います。

スイス国民が納得しているかどうかはわかりませんが、文字通り、あらゆる手段を動員して、「破綻」という形だけは回避したのです。

「必要な救済合併」だが、くすぶる懸念

クレディ・スイスが破綻していれば、国際的な金融システム崩壊のリスクがあっただけに、フィナンシャル・タイムズは、この買収劇を、「厄介だが必要な合併だった」と評しています。

この救済合併によって金融不安はいったん少し落ち着きましたが、安心するに程遠い状況です。今後は、一連の買収手続きをめぐって、株主からの訴訟が相次ぐことも予想されます。

「AT1債」という特別な社債が全損に

何より最大の火種は、「AT1(エー・ティー・ワン)債」と呼ばれる社債を無価値にしたことです。AT1債は、弁済順位が低い代わりに、自己資本に組み入れることが認められている特別な社債です。

クレディ・スイスは、このAT1債を160億スイスフラン(約2兆3000億円)発行していました。今回の買収合意では、UBSが引き継ぐ負債を少しでも軽くするために、これを無価値としたのです。つまり、AT1債の保有者にとっては全損になりました。

企業破綻では、まず株式が無価値になり、次いで順位に従って、社債など負債の弁済が決まっていくのが普通です。今回は、減価したとはいえ株式は保護され、AT1債には投資家責任を求めたわけです。

AT1債は、欧州の銀行を中心に世界で33兆円程度発行されており、投資家に動揺が広がっています。AT1債を多く発行する金融機関への無用の不安を煽る結果にならなければ良いと思います。

なお続くアメリカの金融不安

今回の金融不安の震源地であるアメリカでも、一部の地方金融機関から預金の流出が続いています。

また、現在、シリコンバレーバンクなど破綻した2行に対してのみ適用されている「預金の全額保護」をどこまで広げるべきかをめぐって、イエレン財務長官が発言するごとに、市場が大きく反応する日々が続いています。不安が収まっていない証拠です。

銀行の破綻は、経済危機のいわば究極の事象です。一度に預金が引き出されれば、どんな銀行だって立っていられません。いったん不安になった心理を落ち着かせるのは、とても厄介なことです。

にもかかわらず、ECB(欧州中央銀行)は0.5%利上げを、アメリカFRBも22日に0.25%利上げを決めました。金融不安を鎮静化させるには、むしろ利下げが必要なところですが、インフレ退治を優先させた形です。

インフレと金融不安という、対処法が真逆のことに同時に対応しなくてはならないところに、今回のハンドリングの難しさがあるわけですが、優先順位が間違っていないことを祈るばかりです。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)