なにやら大きなプロペラを取り付けているのは佐々木甲さん、66歳。近所の人からは…
佐々木甲さん
「プロペラ親父って言われてますね」

実は佐々木さん、いのちを救うある乗り物を“日本で初めて”作った。
その乗り物が…「エアボート」。
後部のプロペラによる風の力で動く。水中にスクリューがないため、瓦礫やゴミが引っかからず、海外では災害で救助を担ってきた。
「夢が使命に変わった瞬間」

この頃、日本にはまだ無かったエアボートをテレビで見て佐々木さんは心を奪わた。
佐々木さん
「いつか俺大人になったら自分が乗るエアボート作りたいって言う夢を、中学校2年の時に持ったわけですよ」
宮城県登米市出身で三陸の海を遊び場にして育ち、機械いじりが大好きな佐々木さん。東京で空調設備の会社を経営し、いよいよ夢のエアボート作りに本気でとりかかろう、と動き始めた。そのときのことだった。
東日本大震災で、故郷が津波にのまれていく。
佐々木さん
「知り合いとか仲間がみんな津波で飲み込まれたわけね。そのときのテレビの映像を見ると気仙沼湾に瓦礫がいっぱいあってね。タンスに捕まって助けてくれっていう一人の男がいたのかな。漁船がいけなかった。絡まっちゃうから」
「エアボートがあればあそこまで行けたのになと。ああこれ早く作んなきゃいけない。なんで今日本にはエアボートないんだろうと思ったわけ。よっしゃほんじゃあ救助艇を作ろうと、そこから“夢が使命に変わった”瞬間なんですよ」