“最もヤジの多かった”一般教書演説

「やけにヤジが飛ぶな…」。

2月7日に行われたバイデン大統領の一般教書演説を見ていて感じたことだ。

1年に1度だけ大統領が議会を訪れ、内政・外交の政権の方針を示す一般教書演説は、アメリカの主要テレビ局が特別番組を組んで生中継する大きな政治イベントだ。

通常であれば野党も一定の敬意を払って大統領を迎え、演説中に議場が“荒れる”ことはあまりないのだが、今回は議場から「嘘つき!」「お前のせいだ!」といったヤジが頻繁にあがった。

ヤジを飛ばしたのは野党・共和党の“保守強硬派”とも“トランプ派”とも言われる議員らで、時にはバイデン大統領が言い返す場面もあった。

ヤジを飛ばす共和党議員にマッカーシー議長が「静かに」の口を見せる

下院議長選びで共和党を振り回した議員らがまたも“存在感”を見せたのに対し、バイデン大統領の後ろに座った共和党のマッカーシー下院議長が「静かにしろ」という仕草を見せたのが印象的だった。

演説後、メディアは「史上最もヤジの飛んだ一般教書だった」とも形容し、共和党関係者の中からも「恥ずかしい」という声があがったほどだったが、分断と対立が深刻なアメリカ議会では今後これが当たり前の光景になっていくのかもしれない。

「外交」はわずか4分半

さて、演説の中身を見ていくと、驚いたのが外交問題への言及の少なさだった。

演説は1時間13分にわたったが、そのうち外交問題に割いた時間はわずか4分半だった。去年は10分間にわたって話したウクライナ情勢でさえ今回は2分。そして「唯一の競争相手」と位置付ける中国について触れたのもわずか2分弱だった。

中国については、起きたばかりの気球問題についてどう言及するかが注目されたが、バイデン大統領は「間違ってはならない。先週明らかにしたように、もし中国が我々の主権を脅かせば、我々は国を守るために行動する!」と強い口調で警告した。

中国の気球で米中間にはまた新たな緊張が

共和党側から「対応が遅かった」「中国に弱腰だ」といった批判が相次ぎ、CBSテレビの世論調査では、バイデン政権の中国への対応について61%の人が「評価しない」と答える中、中国の不法行為には毅然と対応する姿勢をアピールした形だ。

ただ、中国との衝突を避けたいバイデン政権は対話を重視していく方針で、気球問題が尾を引くのは望ましくないと考えている。延期となったブリンケン国務長官の北京訪問の再調整はまだ始められる状況には無い模様で、3月のG20外相会議でどのような接触があるかが今後の注目となりそうだ。

トランプ演説との奇妙な共通点

わずか4分半だった「外交」に対して、1時間9分の時間を割いたのが「内政」だったわけだが、目立ったのは過去2年間の実績のアピールだった。

「1200万の雇用を生み出した」「失業率は50年ぶりの低さだ」「インフレもこの半年下がってきた」とたたみかけ、過去2年間で成立させた「インフラ投資法」「半導体補助金法」「インフレ抑制法」で今後生まれる経済効果が国全体に利益をもたらすことを強調した。

こうしたアピールポイントは最近の演説で度々強調されていて驚く内容はなかったのだが、今回の演説で気になったのは、トランプ前大統領が使っていたようなフレーズが度々登場したことだ。

「多くの人が取り残された」「私の政策は忘れられた人たちのためのものだ」といった言い回しから、「アメリカ製のものを買おう(バイ・アメリカン!)」といった呼びかけまで、トランプ氏の演説を彷彿とさせるものだった。

「アメリカ・ファースト」を宣言したトランプ前大統領の就任演説

トランプ氏のスローガンの1つは「アメリカファースト」だったが、バイデン政権も気づけばすっかり「アメリカファースト」になっている。

半導体だろうが電気自動車だろうがアメリカに雇用をもたらす会社だけが補助金を得られる仕組み作りを進め、今回の演説では、連邦政府の公共工事に使う建設資材をすべてアメリカ製にすることを表明した。まさに「アメリカファースト」だ。

CBSテレビのベテラン記者はこうした訴えについて、「民主党がなかなか取り込むことができない高卒・白人労働者層へのアピールを狙ったのではないか」と分析していた。

次の注目は「ジャンクフィー撲滅」か?

バイデン大統領は、過去の実績のアピールだけでなく、今後実現させたい政策についても相次いで言及した。それは銃規制であったり中絶の権利の保護であったりしたのだが、個人的に注目したのは「ジャンクフィー撲滅政策」だ。

「ジャンクフィー」とは様々な名目で企業が消費者から徴収する手数料のことで、例えば飛行機の座席指定にかかる費用とか、ホテルで請求される「リゾート費」なる手数料とか、コンサートチケットを買うときに取られる高い手数料などだ。

実際、アメリカで暮らしていると訳のわからない手数料をどんどん取られることに驚く。

筆者は先日アメリカンフットボールの200ドルのチケットを買ったのだが、なんと約40ドル(5200円)もの「手数料」が上乗せされていた。コンピューター決裁で誰の「手」も借りていないにもかかわらずだ。

チケット1枚につき約40ドルの手数料 筆者提供

「ジャンクフィー」撲滅に本格的に乗り出すのであれば、外国人の私でもバイデン政権を応援したいところ。バイデン大統領が演説で成立を呼びかけた「ジャンクフィー防止法」は、今後有権者にアピールできる材料になるのではないだろうか。

メディア・アメリカ国民の受け止めは?

さて、今回のバイデン大統領の一般教書演説について、アメリカ国民はどう受け止めたのか。演説後にCBSテレビやCNNテレビを見ていると好意的な評価が多く、「バイデン氏のこれまでの演説の中でも最も良かったものの1つだ」という声も聞こえた。

一方、バイデン政権に批判的なFOXニュースを見ると「国境政策や物価高などの重要問題を避けて、自慢話に終始した」といった指摘が相次いでいた。FOXニュースは中国に対しても強硬姿勢を取っているが、「7000以上の単語が並んだ演説の中で、中国に言及したのはわずか200単語だけ。中国の深刻な脅威を前にこれでいいのか?」といった批評も展開していた。

主要テレビ局が一斉に生中継

ちなみに、CNNが行った演説直後の調査によると、演説を見た人の72%が好意的(とてもよかった=38%、よかった=34%)に捉えていて、概ね視聴者の受け止めは良かったようだ。

ただ、過去の大統領の同じ調査の数字を見てみると、クリントン元大統領は84%、ブッシュ元大統領は82%、オバマ元大統領が78%、トランプ前大統領が74%と、いずれもバイデン氏を上回っていて、手放しで喜べるような数字ではないのかもしれない。

バイデン大統領の”現在地”は…?

「80歳にしては」という前置きがつくのかもしれないが、バイデン大統領の一般教書演説はなかなか力強いものだった。

近く大統領再選に向けた出馬表明をするのではないかともみられているが、その意欲を十分に感じさせる演説だった。演説の翌日からは早速地方行脚を開始し、有権者に直接アピールして回っている。

フロリダ州で演説するバイデン大統領 2月9日

しかし、バイデン氏の先行きは決して楽観できる状況ではない。

AP通信などが今年1月行った世論調査によると、民主党支持者の中で「バイデン氏に再選を目指してほしい」と答えた人は37%にとどまり、去年の中間選挙直前の52%から大きく下落した。

「18歳から44歳」の層では45%(去年10月)から23%(今年1月)にまで減った。去年の中間選挙では若者の投票が伸びたことが民主党の健闘につながったと言われたが、比較的若い世代に見限られてはなかなか勢いをつかむことは難しいだろう。

バイデン大統領が2020年の大統領選挙に勝利したのは、トランプ大統領の再選を阻止したい力学が作用しての勝利だった。

あれから2年あまりが経ち、雇用などでの大きな成果を出したバイデン大統領ではあるが、機密文書問題で批判を浴び、議会では共和党の攻撃にさらされている。今回の一般教書演説を機に流れを変え、出馬表明へと勢いをつけたいところだが、果たして今後の展開はどうなるだろうか。

TBSテレビ・ワシントン支局長 樫元照幸