――「基地か経済か」選ぶことを迫られるよう な構造について
歴代知事を含め、保守、革新を問わず、基地問題と経済政策は、二項対立で取り上げやすい。自民対オール沖縄みたいなもの。取り上げやすいから、経済か基地問題か選択を県民が迫られていくかのような印象になるが、実は県知事になって思うことは、経済も基地問題も両方やらなきゃいけない。
選ばれた方はそう思っているが、選挙の時にその二項で煽られてしまうことは、私は本来正しい選挙の方法ではないと本当に実感する。
――翁長県政から12年間、辺野古移設に反対する県政が果たした役割は
辺野古の問題は、“辺野古の問題” に矮小化すべきではなかった。30年前の SACO(日米)合意の時に、普天間移設の8条件の中の一つ、緊急時における長い滑走路の提供、これがまた問題として再燃している。
つまり、あの30年前の約束がどのような形で合意されたのかということがまだ形として整ってなかった、今も整ってない。整ってないまま辺野古の工事を進められようとし、しかし、米側からは長い滑走路の提供がないと普天間は返さないと言われている。果たして辺野古の工事は今後も進めるべきなんでしょうか。辺野古の工事とは一体何なんでしょう。30年経って改めてそれが浮き彫りになったのが現状だと思う。
そのために私たちは裁判を行った。裁判で、(軟弱地盤とされる)「B27地点」の地盤の調査資料すら(国は)出せないまま、変更承認の申請が許可された。我々は公有水面埋立法に基づいて許可できないと、法律に基づいて行った判断を、司法によって、県の方が間違っていると判断をされた。我々が出した問題は一体どこが解決するんでしょう。そこにも、司法と法治という問題点が浮き彫りになった。
私はこの辺野古の問題こそ、日本における民主主義の問題を浮き彫りにしたまま行われているということに国民県民がどう関心を向けていくか、自分ごととして、この国はどういう国の姿をしているのかということを考えるべき課題だと、あえて申し上げておきたい。














