沖縄県の玉城デニー知事が2期8年の任期を終え、9月29日をもって退任します。最後の記者会見では、コロナ禍をめぐる対応、首里城の火災での焼失、「災害(対応)に当たるべくして選ばれたのか」と、災害対応が多かった任期を振り返り、基地問題関連では翁長雄志氏から引き継いだ普天間基地の辺野古移設阻止を掲げた県政運営などについて総括しました。以下に、退任会見の主な質疑応答の要約版を掲載します。

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――2期8年で最も印象に残っていること、やり残したこと

災害に当たるべくして選ばれた知事だったのかという思いが強い。首里城火災、豚熱の発生、海底火山が大噴火したことにより軽石が押し寄せてきたこと、今でも続いている新型コロナウイルス、多くの方々が本当に昼夜分かたず献身的に取り組んでいただいたことが、思い出に強く残っている。3年余りにわたって、県内の経済活動、全ての方々の貴重な時間が奪われた。でも最優先すべきことは、県民の命を守ることだった。

――対話による基地問題の解決を掲げた

退任会見に臨んだ玉城デニー知事(29日)

対話によって、お互いに何を問題としているのか、何を自分たちが大事なものとして思っているのか理解を進めるということは、この対話があってこその外交だと思う。何らかの事項をもって対立案件にしてしまうことは、私は為政の側にとってはよろしくないということをはっきり申し上げたい。

県知事が変わることによって(国と県の)協議会が再開されるとか、予算が上がるとか、そういう政治そのものを改革しようということで日本はこれまで進んできたはず。しかし、なぜ沖縄に限ってはその政治改革が伴わないのかということが、対話による物事の解決に至っていないことの大きな課題、問題点だ。

対話をすれば、では沖縄県にどれだけの基地負担をお願いできるのかという率直な問いがあれば、私たちは率直に答える。しかしその率直な問いすら、問いかけることを怖がっているように見える。何かの問題点があぶり出されるということがあって対話しないのか、それとも自分たちが勝ち続けるためにずっとじゃんけんし続けるのか。そういう姿勢を国民はどう見ているのか、県民はどう考えているか。この間の2期8年の沖縄県と日本政府との関係で見て取れたと思う。