バドミントンから転向

日女体大時代まではバドミントンの選手だったが卒業にあたり、「これからはスポーツジムの時代」と確信して都内のジムに押しかけて入社。学生時代に先輩から「これが今度、日本に入ってきたスカッシュという競技のラケットよ」と見せられた時の「可愛い」と思った記憶から就職を機に転向。社会人3年目で全日本初制覇。初期のスカッシュ界の女王だった。

「私が得意だったのは、『ニックショット』と呼ばれる床と壁の境目でボールが弾まないショット。まず、高いロブを上げて相手を後方に追いやり、短いショットを打たせる。自分は前に出てT(ポジション)からニックに思い切り叩き込む。こう来るだろうと予想して、そのボールが来ると、『プレゼントが来た』って感じです。なので、ニックショットを決めるために、とにかくその形を作るロブを磨いた」

T(ポジション)とは、前壁と平行で左右のサービスボックスを結んだ横のショートラインと、そのショートラインの真ん中と後壁を縦に半分に分けるハーフコートラインが重なる辺りのこと。この位置にいると、コートの全面をカバーし、相手の視野を遮りながら攻撃出来る。つまり、ここに長くいる選手が有利に試合を進めているということになる。

もちろん、渡邉もこの位置にいて攻撃の得意パターンがある。それがディセプションショットと呼ばれる相手を欺く、いわゆる「だますショット」だ。ラケットに直径4cmのボールが当たる瞬間までの時間を利用しながら、T(ポジション)で後ろにいる相手に打つ動作を見えないような位置取りをし、手首の返しやタイミングを変えたり、視線を向けない方向に打ったりして相手を迷わせる。前方にいる時も常に相手を肩越しに見て、次のプレーを予想しながら相手の読みを外すショットを狙っている。

最大のライバルと思われるのが世界ランキング5位で、第1シードのシバ・サンガリー(マレーシア)だ。渡邉とは同世代でジュニア時代からのライバル。暑い東南アジアでは、空調がついていないコートも多く、ロブを使ったゆっくりしたリズムで戦う選手が多い同国を代表するタイプで、パワフルで攻撃的な渡邉とは好対照の存在。組み合わせをみると、順当なら2人は決勝で当たる。

準決勝で当たるだろうアナハット・シン(インド)も要注意の選手だ。まだ、十代の新星だが、ボールコントロールに定評のあるテクニシャン。甘いボールを返すと、ニックショット等がある。渡邉の場合は、事前に相手が本人より強い選手に負けた時、力が同等の選手の時、弱い選手に勝った時の3通りの動画を見て作戦を練った対戦ノートを作ってから、試合に臨む。いくつもの作戦が引き出しには準備されているはずだ。

国内の愛好者は約30万人だが、まだ「自らがプレーする、やるスポーツ」の印象が強い競技だけに、なかなか試合を見る機会が少ないスカッシュ。日本協会の吉留慎吾強化スタッフ(38)が観戦のコツを教えてくれた。試合場は安全ガラスで横からも見ることが出来るが、やはり背面からが分かりやすいという。「選手と同じ目線に立って、コートを前後左右で4等分する。その時の選手の立ち位置でどこに隙間があるか、を見る。ボールは小さいので、それを追いかけるよりも、選手の動きを見ていた方が分かりやすいです」。選手は実際には16等分くらいで考えるらしいが、素人には4分割で十分楽しめそうだ。

ビリヤード、チェスに例えられる一つ、一つのプレーが次の動きにつながる。その様子や試合の組み立てを、吉留さんが指導する子どもたちに教えると、彼らは暮らしの中にある面白い考えや法則を分かりやすく伝えるテレビの教育番組になぞらえて「『ピタゴラスイッチ』みたいだね」と話すそうだ。

2012年のロンドンで発祥の地として追加競技に提案されてから5大会を要してオリンピックに加わるスカッシュ。このアジア大会で、その魅力を実感出来れば、2年後のオリンピックは更に面白く応援できる。

(竹園隆浩/スポーツライター)