12年ぶりに“容認派”の知事 30年にわたり迷走も工事は前進か

今から30年前となる1996年、日米両政府は、住宅密集地にあり、「世界で最も危険な基地」といわれた普天間基地の返還で合意します。

橋本龍太郎総理(96年当時)
「普天間飛行場は今後5年ないし7年以内に、全面返還されることになります」

当時、5年から7年程度で実現するとみられた普天間基地の返還。しかし、ここから30年に渡る迷走が始まります。

返還に際しては、代わりとなる基地建設が求められましたが、その候補として上がったのが…

沖縄県 稲嶺恵一 知事(99年当時)
「普天間飛行場の移設候補地を、名護市辺野古沿岸域に決定いたしました」

名護市の辺野古でした。99年、当時の稲嶺知事が候補地として選定し、政府も辺野古で閣議決定します。以降、沖縄県知事選では、辺野古での基地建設問題が常に大きな争点となりました。

そして2014年の翁長氏以降は、後継となった玉城知事まで反対派が続きます。しかし、その間も国の態度は変わることなく、2018年に埋め立てが開始。そして今回、12年ぶりに容認派の知事が誕生し、工事が進むことになる辺野古の基地建設。