なぜできたか、できなかったか
なぜ他メディアに先駆けて沖縄紙が選挙期間中のプレス・ファクトチェックができたかについては、おおよそ以下の理由が挙げられよう。
1つは過去の経験で、「普天間にはもともと人が住んでいなかった」などの激しい<沖縄神話>への「反論」体験が、両紙にはあったことだ。紙面のみならず、書籍の発行やネット空間での対応など、幅広い言論活動の結果、言えば変わるの「成功」体験があったことは大きかったであろう。
もう1つはすでに触れた痛い前例だ。名護市長選での「日ハム撤退」デマの影響や、在特会等のヘイト言説の拡散は看過できない現実としてチャレンジを後押ししたものと推測できる。さらには、前倒し選挙で思い切った選択がしやすかったことや、2紙の競合もプラスに作用したと思われる。
一方で、なかなかメディアが踏み切れない(なかった)理由としては、間違いなく選挙期間中の公平縛りがあった。一方の候補者の批判は公平原則に反するとか、そもそも一方に利することは駄目との「思い込み」が報道現場には強かった。公平原則=客観報道=不偏不党が、ファクトチェックを遠のけていたことになる。
その背景には、とりわけ2010年代以降の「政権批判=偏向報道だ」とする激しいバッシングがあったことが挙げられる。
そしてもう1つは、ファクトチェックは新聞の役割外との思いだ。選挙報道の常道は情勢判断(予測報道)や候補者の政策紹介で、候補者発言の正誤判断は枠外であったということだ。取材態勢も経費も情勢調査に集中投下されており、その成果である報道も、当然ここに集中することになる。
すでに知られていたファクトチェック作業は、第三者機関のやることであって、メディアの仕事は事実報道であってファクト監視は報道ではないと考えていた節もある。それが2024年の非常事態を前に大きく転換し、特定の候補者の発言を取り上げることや、正しくないことを報じることを、選挙期間中の重要な報道の1つとして位置付けたことで、状況は変わったということになる。
ただし、まだまだ試行錯誤の部分は多く、今回の沖縄知事選の積極的なプレス・ファクトチェックの実践は、沖縄ならではの経験と情報環境があってこそとも言える(地方紙の果敢な取り組みとしては、兵庫県知事選等の神戸新聞や、宮城県知事選の河北新報がある)。














