「空白の50分間」を繰り返さないために

2011年3月11日、約3分にわたる揺れが大川小を襲いました。

学校の隣には1分ほどで登れる裏山がありますが、教員はどこに避難するかを判断できないまま、只野さんを含む児童は約50分間にわたり、校庭にとどまりました。

そして裏山ではなく川の堤防へと避難した直後、津波が襲ってきたのです。

黒潮町は南海トラフを震源とする巨大地震が発生した場合、地震の発生から最短2分で津波が到達、高さは最大で34.4メートルになると予想されています。

只野さんと同じく校庭にとどまったあとに津波の犠牲となった小学3年生の妹、未捺さん。只野さんは1秒でも早く避難すべきだと訴えます。

只野哲也さん
「50分という時間があって、いろいろな情報もありました。逃げるための裏山という場所、手段もありました。時間と情報と手段があった。大川小学校の犠牲は『単なる自然災害』『仕方なかった』では済まされない、救えた命」