一律年齢制限は現時点では過剰規制か?

ソーシャルメディアが採用するサービス設計に伴うリスクに対して、事業者が自主的に対応するインセンティブは、残念ながらあまりないと言わざるを得ません。

青少年をソーシャルメディアに「くぎ付け」にしておくことは、将来的なユーザーの確保という点で重要ですし、各社とも他社のサービスとアテンションの奪い合いをしている以上、ユーザー・エンゲージメントの強化を自ら低減させる理由は少なく、むしろユーザー・エンゲージメントを強化するのに有効な仕組みが他社で実装されれば、それを「真似」することもしばしばみられます(例えば、TikTokのショート動画×無限スクロール×アルゴリズムの仕組みは、現在、他の事業者でも類似した仕組みが採用されています)。

そこで外部からの関与として、政府の出番があるわけですが、問題は、どのような規制を設計することが青少年の利益につながるのかという点にあります。

各国の規制を見渡すと、一律年齢制限、年齢確認の義務化、特定のサービス設計の規制、有害コンテンツへの接触制限、ペアレンタル・コントロール、リスク評価・軽減措置といったツールを組み合わせているようです。

このうち、青少年のリスクにもっとも厳格に対応する方法である一律年齢制限は、オーストラリア以降、いくつかの国で採用されている手法ですが、この手段には過剰規制の疑いがぬぐえません。規制が、憲法の保障する(青少年の)表現の自由や知る自由を不当に制限するものとみなされた場合には、違憲無効になるおそれもあります。

実際、フランスでは15歳未満の青少年によるソーシャルメディアへのアクセスを禁止する「デジタル経済への信頼に関する法律2004-575」の改正が行われましたが、同国の憲法院(Constitutional Council)は、一部違憲の判断を下しています(注5)。

同判決によれば、規制の目的は正当なものだが、規制手段に問題があるとされました。すなわち、対象となる可能性のあるサービスが広すぎること、また保護者が自身のこどもにとってソーシャルメディアを利用する利益がリスクを上回ると考えた場合にアクセス制限を解除する仕組みがないことなどが挙げられています。もっとも同判決の趣旨を踏まえるならば、一律年齢制限という手段が憲法上一切否定されるわけではなく、制度を適切に限界付けて設計し直せば、規制が正当化される余地もありそうです。

(注5) Décision n° 2026-911 DC du 14 août 2026,

日本においては、岐阜県青少年保護条例事件最高裁判決の伊藤正己裁判官の補足意見で、前述した青少年の情報摂取における未成熟な点が考慮され、「違憲判断の基準についても成人の場合とは異なり、多少とも緩和した形で」よく、「害悪を生ずる相当の蓋然性のあることをもって足りる」としています。

もっとも、ソーシャルメディアは、各事業者で(共通する部分もあるものの)サービスの性質や機能が多種多様です。それを踏まえるならば、現時点の立法事実(エビデンス)から、一律年齢制限を正当化できるほど、すべてのソーシャルメディアに等しく青少年への害悪についての「相当の蓋然性」があると言えるかは疑問符がつくように思います。

それぞれのサービスによってリスクは異なるでしょうし、そもそも利用の適正年齢も違ってよいはずだからです。この点、筆者も参加した総務省・青少年保護ワーキンググループの「第一次報告書」では「利用に対する一律の『年齢制限』(一定年齢以下の使用禁止)をかけることは望ましくないのではないか」(44頁)と記載しているところです。