「悔しいやら悲しいやらで」語れなかった被爆体験 入れなかった資料館

プロ野球選手として活躍していたころ、そして現役引退後も、張本さんは、被爆したことを人に話したことはなかったそうです。

張本勲さん
「よく子どもの頃、ケロイドで、女の子も男の子も、学校に来た生徒には、近寄るなと父兄が言ったそうですよ、うつるからと言って。被爆者というのは、大体言わない人の方が多かったね」

張本さんが少しずつ被爆体験を語り始めたのは、60歳を過ぎてからです。しかし、それでも原爆資料館には、入ることはできませんでした。

張本勲さん
「2度ばかり来たことがあるんですけど、入れなかった。悔しいやら、悲しいやらで、これだけ広島に帰ってきて。この洋服を見て下さい。熱かっただろうに、苦しかっただろうにね。姉さんを思い出すわ、このケロイドを見ると。ああ、こんなひどい…」